その他夢 | ナノ






「それは、勘違いね」
一刀両断だった。「多分だけど、現状相手が足立さんだったってなまえは同じ反応よ」そんなことあるだろうかと思うが、紗栄子に断言されればそれもありうると思えた。
「良くも悪くもマイペースで素直だからあの子。あの子が明言しない時はよくわかってない時なのよ。変な風に誤魔化したり、嘘をついたり、私たちにはしないわ」
それは正しく、自分がなまえに対して持っていた印象そのままで、だからこそ惚れたわけだけれど、ここ数日の自分の舞い上がり具合を省みて胃が痛くなってきた。
紗栄子は「じゃあ頑張ってね」とさらりと言い残し去って行き、バーにひとりで残された。
酔った勢いでここぞとばかりに近付いて(本当は彼女があまりに意識してくれないので痺れを切らしての行動だった)、キスまでした。
あの時、腕に触れてくれた時も(実際は逃げようとしていただけだが)俺がどれだけドキドキしたか、なまえは全く知らないで、これは脈ナシかななんて落ち込みかけたりして。けれど、しかし「いや、だって趙さんが」に続く言葉は「言ったから」しかないと思うだろう。実際俺が言ったから、なのだが、俺の想像とは感情の中身が違った。
俺が言った、けど、何故使うのをやめるに至ったかは、まだ、彼女の中で答えの出ていないことだった。のではないか。これも紗栄子の予測で、さすがに付き合いが長いだけのことはある。
「はあ」
重くため息をつくと、今一番会いたくて会いたくない女の子の声がした。「趙さん」手を後ろにして立っている。
「なまえちゃん。どしたの? お腹すいたとか?」
「いや、お腹はまあ、食べれば食べられますけど」
なら何か食べに行こうか。食べに行ってきたら。どちらを言うか迷っていると、なまえがきり、と表情を引きしめて言った。
「い、」
「い?」
「一発芸します」
「えっ」
なんで。聞くまもなくなまえはくるりと振り返って準備していたらしいなにかを顔につけ、髪を全て手で後ろに流し、固まらないので押さえつけたままこちらを見る。丸いサングラスに、髪は後ろ。
「趙天佑」
反応出来ないでいると、なまえは軽薄そうにへらりと笑った。
「春日くぅん、今日も元気そうだネ」
声色も変えている。しばらく二人で見つめ合い、ひとつ問いかける。
「俺、そんな感じなの?」
「だと思いますけど、お、怒りました?」
なまえは髪を押さえたまま、サングラスをしたままで俺を覗き込む。不安そうだ。
「んふふ」
きっと紗栄子の差し金だろう。いや、そこまでハッキリした根回しではないだろうが「落ち込んでたわよ」くらいは伝えてくれたのかもしれない。
そして彼女はやって来て。
「あははは、なんだ、なまえちゃん思ったよりも俺が好きだねえ」
「おお、ウケた」
ウケたとは少し違う。なまえはほっと胸を撫で下ろしてサングラスを外した。何も解決していないが、どうでもいいかと思わされた俺の負けだ。彼女からも特別な気持ちを示してもらえるようになるにはまだまだ道は長そうだけれど、それでもいい。
「慰めに来てくれちゃうんだから困っちゃうよね。元々は俺が怒らせたのに」
彼女は俺の言葉にギョッとして慌てて首を振った。
「怒ってはないですよ」
「じゃ、幻滅だった?」
「いや、だからあれは本当に、別に、むしろすいません」
私の好き嫌いの問題で、と息を吐いた。自分自身に呆れている風だった。ムカついたのなら怒ってもいいのに。茶化すなと、釘を指したって構わないのに。抑え込まれた彼女に向かって手を伸ばす。もっと知りたい。
「さっきのもう一回やって」
「もうやりません」
「お願い」
「スマホを構えないでください」
「一枚でいいから、ね?」
彼女はただ、俺が大声で笑ったことが嬉しかったのだろう。勝ち誇ったような、悪戯に成功した子供のような顔で笑った。
「もうやりません」
ああ、へえ、そうなの。そういう顔もするんだね。すかさずシャッターを切って画像を保存する。ねえ、そろそろお腹すかない? ご飯食べに行こうか。俺の手料理でもいいよ。どっちがいい?


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20211117

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