その他夢 | ナノ






山の緑に紛れるように立っている。
なまえは僅かな足音でギンコに気付くと、ひらりと手を振った。

「また会いましたね。ギンコさん」
「そうだな」
「こんな村のはずれに、何の御用で?」
「なに、男か女かわからない、緑の着物の流れ者が、こっちへ向かうのを見たと聞いてな。会いに来たってだけだ」
「へえ、それは」

中世的な顔つきをしている。
海を押し込めたような瞳を細めて、なまえは言う。

「嬉しい話ですね」

冗談とも本気ともわからない声で笑っていた。
お互い目的のない旅をしているせいで、会えることはそうそうない。普通にしていればまず会わないが、ギンコは、良くも悪くも目立つ彼女の噂を聞く度に、(急ぎの用事がなければ)追いかけて、会いに来ている。だから、偶然を装って不自然によく遭遇する。
はじめの内は気持ち悪くないようにと気を使ったが、あまりにこちらに興味がなさそうなので、最近はそれを隠しもしない。隠していても、隠さなくても、彼女が動揺してくれている様子はない。
こりゃ作戦失敗だったかね。ギンコは頭を掻きながら、彼女の隣に立つ。

「ここへは、どうして?」
「ん? だから、あんたに会いにだよ」
「違いますよ。何か依頼があったとか、紹介があったとか、そういう、この村に立ち寄った理由の方です」
「ああ。そりゃあ」

旅に必要なものを一通りそろえる為に立ち寄った。そして山一つ越えたところに呼ばれている。しかし。それをそのまま言う気にならずに、にやりと笑う。

「なまえに会える気がしただけだ」
「……」

ふむ、となまえは黙ってしまった。
呆れているようにも、困っているようにも見えない。ただ、目の前に道が二つあって、どちらへ行くか迷っていると、そんな様子だ。

「……」
「……」
「あー、無言は、傷付くんだが」

声をかけると、なまえがそっとギンコを見上げる。小さい口だとか、自分よりふっくらした顔の輪郭だとかが気になるが、手は、伸ばさない。「いえね、ギンコさん」

「そんなことばかり言って、私が本当にギンコさんを好きになってしまったらどうするつもりなんですか?」

言われた言葉の意味を考える。本当に好きになってしまったらどうするか。好きになってくれて構わないし、そんな可能性が彼女の中にあるとわかっただけでかなり浮足立つのだけれど。彼女はそんなギンコの浮ついた感情を見透かすように歩き出す。

「もう行きます」
「来たばかりだろ」
「行きます。口説かれるのは気分がいいですから」
「おい」
「では、また、縁があったらお会いしましょう」

あの口振りでは、そのまま町を出るのだろう。
手強い。

「クソ……、逃げられたか……」

危ないから逃げたのだろう。何も感じないのなら、逃げる必要はないはずだ。
この作戦もあながちまちがいではなかったのだと、にやける口元を手で覆った。


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20200504:蟲師みてたらぎんこさん書きたくなり過ぎた…。

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