その他夢 | ナノ






ミキサーに材料を入れて混ぜたら、後は型に流して焼くだけというチーズケーキのレシピを見つけた。
話は、そこから、というより更に前に遡って、駅で、可愛らしい女の子がこれは恋人らしい男の人にケーキを差し入れるところを見た事から始まっている。私はその様子をティッシュを配りながら見ていたのだけれど、ケーキを差し入れる、なんて大変に可愛らしい事のように思えた。かわいいなあ、そう思って、私も、そういう事をやってみたくなった。

「と、言うわけなんだけど……」

杠に相談すると「……わかった!!!!」と力強く手を握られ、そのまま家庭科部のクラスメイトの所へ連れて行かれた。杠が二言三言交渉すると、すぐに、家庭科室を貸してくれることになった。その日の内に材料を買いに行き、学校に戻って杠が刺繍をする横でチーズケーキを作り上げた。元々簡単なレシピを選んだし、書かれていること以外に余計な手順は入れていない。……見た目も大きく崩れてはいないし、成功、なのだろう。あとは冷やすだけだ。今日は持って帰って、家の冷蔵庫で冷やすことになる。それにしてもここまであっという間だった。「こんなすぐ行動に移さなくても」「やだなあなまえちゃんってば。善は急げだよ」間が空くと面倒になる可能性については否定できないが。

「明日には千空くんに渡せるねえ」
「……せんくう?」
「えっ、千空くんへの差し入れだよね……?」
「……まあ、差し入れるとしたら千空しか……、いない、けど……、でも、皆で食べたらいいんじゃ、」
「あはは。そんな野暮なことできないって!」
「……そう?」
「うん。大樹くんも受け取らないと思う」

もう夕方だったのに、杠が晴天の中にいる太陽みたいに笑うので、私はそれ以上何も言わずに頷いた。家に持ち帰って飲水くらいしか入っていない冷蔵庫にチーズケーキを放り込む。持っていく時は切り分けて、タッパーに入れることにしよう。
ふと、脳裏に、女の子が恋人にケーキを渡すシーンが蘇る。いや、私がやっても、あんなに可愛くはならないだろうが。などと、そう思うと、途端に顔が熱くなる。明日、私が、千空に。長く幼馴染をやっているが、ケーキを差し入れたことは無い。おにぎりとかサンドイッチとかそういうのはあるけど、それって全部千空の家にある食材使って適当に作っただけのもので、そもそも違う。今回は、頼まれたわけでも煮詰まってる作業があるわけでもない。ただ、私がしてみたくて、材料を買って杠に相談してまでそうするのである。
……え? そうまでして、千空に菓子を差し入れる……?

「……ええ?」

なんだこれ、超絶恥ずかしい。



朝一に渡すつもりが結局機を逃し、冷蔵庫を借りに行ったら昼休みに仕事を頼まれ取りに行くのを忘れていた。今まで感じたことの無い居心地の悪さで、今日は一日中頭を抱えて過ごした。杠に「がんばれ!」と言われ、「がんばる」と返すが、頑張る必要がある事柄かどうかは分からなかった。
ともあれ、ここを逃したら後がない。私はホームルームが終わると家庭科室に走り込み、チーズケーキを取り出して教室に戻った。なんだこれ……、千空が全貌を知ったら腹を抱えて笑うだろう。
一度、呼吸を整えてから呼ぶ「千空!」声はいつも通りだ。「よう」と振り返る千空もまた、いつも通りである。

「千空今から、部活、行くよね?」
「おう。お前はバイトだろ。お忙しいこって」

紙袋を持つ右手を少しずつ前に出す。
渡す。そのために持ってきたし、杠にも、家庭科部の子にも協力してもらった。

「あのー、さ」
「あ?」
「えーーーーーっと、だよ」
「……」

千空の手を引っ掴んで、無理やり紙袋を持たせた。

「コレ、ヨカッタラ……」

割には酷く弱々しい声が出た。日本語を話すために必要なものが一部どこかへ逃げ出した。千空は、真面目な顔で私を見て言う。

「なんかあったか?」

渡せた、ので、答える前に何度か深呼吸をする。うん、ちょっと落ち着いてきた。「いや、ね、あはは」顔が赤いかもしれないが、構わず笑う。

「なんかっていうか何にもないけど、ただほら、ちょっとね、最近、ケーキを差し入れる系の女の子に憧れたっていうか……」
「ほー、それで? 憧れには近付けたか?」
「いやあそれが……。私には難しすぎるね。めっちゃくちゃ照れるし、あんな風にはなれない」
「あんな風にっつーと?」
「すっっっっごい可愛い感じ」
「ハッ」

千空が愉快そうに笑うのを見て、ようやく胸を撫で下ろす。「そうそう、これは笑うところで……」ああ危なかった。なにが、なのか分からないが危なかっ、

「てめーは大概いつも可愛いけどな」

私は思わず頭を抱えて小さくなった。

「そ、そんなことある……?」
「ん? もう一回言ってやろうか?」
「い、いやいや、なんか泣きそうだからもういい……、じゃあ、部活頑張って……事故とか怪我のないようにネ……」
「お前もな」

とてもじゃないが顔をあげられなかったのでそのまま手のひらだけを千空に向けた。足音が遠ざかるのを聞きながら深く息を吸い込んで呼吸を整えた。数秒後、ふと、足音が止まった。「なまえ」反射のようなものだ。千空が私を呼んだから、千空へ振り向いた。
千空は、がさり、と紙袋を少し持ち上げて。

「ありがとな」
「……こちらこそ」

今度はちゃんと顔を見て手を振った。


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20190915:「ん? 千空何食ってんの?」「あ? 差し入れ」「へえ、うまそー! くれよ俺にも」「はあ? なんでやんなきゃなんねーんだ?」「……(この反応はなまえちゃん関連だな……)」

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