その他夢 | ナノ
「なまえ」
名前を呼ばれて振り返ると、風が吹き抜ける。
ヘルサレムズロットの、どこかのビルの上に居た。
少し驚くが、今に始まったことではない。
彼の、何らかの術が発動した。
それだけのことだろうと思う。
それにしても、風が強い。
私はともかく、彼は、もう一度強い風が吹いたら、このビルから落ちてしまいそうだった。
ずいぶん端の方に立っている。
「危ないですよ、フェムトさん」
ありきたりな注意の言葉に、彼は怒りだすかもと思ったけれど、彼は真剣そのものである。
すい、と彼は自らの首を回して後ろを見る。
多分、霧が濃くて下までは見えないだろう。
無表情である。
退屈そう、とは少し違うように感じた。
「君は、危ないと思うのかい?」
考えようによっては、稀代の怪人堕落王フェムトを心配するなんてことそのものが、在り来りではなかったかもしれない。
落ちたって助かる手段は山のようにあるのだろう。
が、普通の人間ならば不安に思うだろうし、今日の彼はどこか危うい。
「私は少し、怖いですよ」
私にとって彼は大切な友人である。
どれだけ努力したってきっと同じように世界を見ることは出来ないのだし、私程度じゃ隣に立つこともままならない。
友人になれたことが奇跡のようなもので、出来るならば、私はこれからも友人でいて欲しいと思っているのだ。
それにしても、彼は、何を望んでいるのだろう。
これは遊びなのだろうか。
遊ぶこととは別に、他に意図がある行為なんだろうか。
風が強い。
私は彼の言葉を聞き逃さないように耳をすませる。
「僕が、怪我をするのがか?」
これは。
なにかの実験なのではないか。
ここには、私と彼しかいないから、私の反応を見ているのは間違いが無い。
「怪我で済めばいいですけど」
私の言葉に、堕落王はふっと笑った。
また、強い風が吹く。
とうとう不安になってきて、私は彼の側に寄ろうと踏み出す、3歩ほど進んだ所で、フェムトは手で私の動きを制する。
足を止める、彼の表情は楽しげだ。
「なら、なまえ」
私を制する為に前に出した手を、横に広げる。
両手を広げて、空を仰ぐ。
「僕を、助けてみろ」
空を仰ぐ。
そしてそのまま、彼の足がビルの端から離れていった。
「っ!!?」
なにやってんだあの変人は!
ほとんど反射で走り出して、考える前に私もビルから飛び降りる。
落下する堕落王は笑っているのかと思ったが、真剣な顔でじっと、こちら見つめていた。
厄介な実験をするものだな、と考えて、ここで冷静さを取り戻す。
相変わらず広げられている腕の下に左手を差し入れて、反対の手も回して左手を掴む。
この、落下の衝撃を和らげる所へ飛ばなければ。
家のベッドとかだろうか?
いや、あの安物ではもつかわからない。
壊されるのも勘弁だ。
となれば、向かう先はひとつ。
「……流石だ。ついでに家まで送り届けられるとは思っていなかったよ。また腕を上げたんじゃないか?」
ばふ、と私の術の発動後すぐに、フェムトさんのベッドの上に投げ出される。
衝撃はほぼ吸収されている、が、私が下になっているため、ぎしり、と骨は傷んだ。
まあ、傷んだだけだ。
「勘弁してください、心臓に悪い……」
どっと疲れた。
まさかビルからダイブして見せるとは、一体何がしたかったんだか。
そろそろ帰してもらおうかとベッドから降りようとするけれど、上に乗っている人が退いてくれそうもない。
「フェムトさん?」声をかけると、ゆっくりと身体を離して、そして、どうしてか、真剣な顔をしていた。
「なあ、なまえ」
「なんですか」
そっと、私の頬にフェムトさんの指先が触れる。
「僕あ君のそんな顔をはじめてみたよ」
確かに、あんなに焦ったのは初めてかもしれないけれど。
目の前で話をしている人間が自殺まがいのことをすれば、誰だって驚く。
私に限った話じゃあない。
「誰だって焦りますよあんなもの……」
言うが、フェムトさんはゆるゆると首を振る、そういう話ではない、らしい。
「なあ」
頬を撫でていた手が、するりと動く。
「はい」
指先が唇に触れる。
「やる事はたった一つだと思わないか?」
機嫌が良い。
多分実験は成功したのだろう。
もしかしたら、実験なんて、そんな大層なものではなくて、私の焦る顔が見たかったとかそんなことのような気もする。
鼻歌でも歌い出しそうなくらいの上機嫌。
「なんです?」
だが、空気は少しだけ不穏だ。
ベッドに2人。
いいやそんなどこぞの秘密結社の白髪のような……。
そう、思うのに。
「なまえ」
唇が触れる。
呼ばれる名前はひどく甘い。
「愛している」
あの投身自殺で確認したのは、もしかしたら私の気持ちではないのかも知れない。
「君はどうだ?」
あなたが確認したかったのは、もしかして。
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20160823:堕落王はいいぞ