その他夢 | ナノ






「おはよう」

声に気付いて、顔を上げるが、返事をするのにはしばらくかかった。せっかちそうに見えて案外人を待てる質であるその忍びは、なまえの眠そうな顔をただ見つめて待っている。

「おはよう」

なまえがようやく返事をすると、「きゃはきゃは」と笑った後「ああ、おはよう」とわざわざもう一度挨拶を繰り返して、なまえの首元にぎゅうと巻き付いた。

「蝙蝠さん、今日はどうしてこちらへ?」
「どうしてって程でもない。まあまだ時間はあるんだ。ちょっとそこに戻れよ仔猫ちゃん」

折角起きたのに、となまえは呟くが、蝙蝠の腕の力に押されるがまま布団に戻る。もう一度ごろりと転がった、なまえの腹のあたりに蝙蝠が跨り、じい、となまえの顔を見下ろしていた。寝起きの顔などひどいものだろうに、となまえはせめてもの抵抗にと目を細める。

「夢でも見てたのか」
「夢?」
「おれでもそんな顔をさせたことは無いってくらいに、幸せそうに寝てたぜ」
「そうなの」
「どんな夢だった?」
「……どんな」
「おれはそこにいたか?」

なまえは行動の主導権のすべてを蝙蝠に握られたまま、ぼんやりと蝙蝠を見上げて考える。蝙蝠としては、こうも信頼されてしまうと、細かいことはどうでもいいかという気持ちにならないでもない。しかし、やはり、どうでもよくはない。

「どうだろう……?」
「なんだよそりゃあ」
「夢は確かにみてたけど、内容までは」
「……」
「どこか、見たことない、憧れてた場所に居た気がする、けど」
「……」
「うーん……?」

眉間に皺を寄せて考え込むなまえを見下ろしながら、蝙蝠もまた考える。なまえが、なまえほど自由なやつが、憧れるような場所。見たことがないけど、憧れているもの。
なまえは、いつか、一人でもそこに至るのだろうか。一人でも、ああやって幸せそうに笑うのだろうか。蝙蝠はなかなか、なまえすらも覚えていないその場所で、なまえの隣にいるイメージができない。
ついぞ、真っ暗なところで思考が止まって、縋るようになまえを見下ろしていた。言い知れぬ寂しさが胃に溜まる。

「でも、いつか行こう」

よかったら、だけれど。と、自信があるやらないやらわからない笑顔で、蝙蝠を見ていた。

「おれと?」
「……? 他に誰と?」
「どうだかなあ、お前は誰とでも仲よくできちまうからなあ」
「それをあなたが言うの?」

蝙蝠はいつもの笑い声はあげないで、なまえの体にのしかかる形で倒れ込んだ。呼吸だけを繰り返していると、心臓の音が聞こえる。

「絶対に、連れていけよ」
「うん」
「絶対にだ」
「大丈夫」

絶対に、口にしてしまうと余計不安が高まって、大丈夫と言われても妙な痛みは増すばかりで。
思えばきっと、この時から、最期の時のことを、予感していたのだろう。

「大丈夫」

いっそ突き放して貰えたら、もっと安心だったのかもしれない。


-----------------
20180918:蝙蝠銀閣あたりが好きで好きで…。

×