不変ではない変わらない君/ボーマン


目の前に現れた彼女は、首から『私はまたデータストームを暴走させて城の壁に風穴をあけました』と書かれたスケッチブックをさげている。
しかし、当の本人はそんなことはあまり気にせず、私の部屋に現れて、いつもと同じに声をかけてくれた。一日に一度はこうして様子を見に来て、ハルやウィンディ、ライトニング、ここにいるAIたちの様子を教えてくれるのである。

「それ……大丈夫……?」
「大丈夫だ、心配ない」
「そう……? しんどそうだけど」
「私には、ここに来る君の方が辛そうに見えるが」
「え、ごめん。私はただの暇なAIです……」

謝る必要などひとつもないのだが。彼女は私のすぐ前まで登ってきて、ぺたりと座る。覗き込む瞳が大きく美しい。いつだかハルと眺めた夕日にも似た輝きで、元々は作られたものであるのだということを忘れそうになる。

「君はサイバース世界に居た頃からそうなのか?」
「そう? ……あ、もしかしてこの不名誉な首飾りについて……?」
「それもあるが」
「サイバース世界にいた時から変わった事?」
「ああ。それが近い」

なまえはううむ、と唸りながらサイバース世界にいた頃の記憶を思い出している。ライトニングとウィンディ、もちろんほかのイグニス達のことも思い出しているのだろうけれど、そこにハルや私の姿はないのだと思うと少し苦しくなった。

「変わった事……、私はあまりないかな……今のところ大した仕事はないし……。最近データストームがたまに、ほんとにたまに形になるようになったとか? ……あ、でも、ウィンディは前より良く構ってくれるようになったかな? ……いや、違うかな? Aiとかと遊んでた時間も全部ウィンディと遊ぶようになったからそう感じるだけかも」
「ふふ、そうか」
「こんな感じで合ってた?」
「ああ、よくわかった」

嘘と真実を見分ける能力のあるイグニスがいると聞いている。そのイグニスにとって、彼女は付き合いやすい相手であったに違いない。なまえはなまえのままに、素のまま私の前にいる。嘘を見つける方が難しい。おそらく、プレイメーカー側のイグニス達も彼女を仲間にしたかったには違いない。
彼女がここにいる理由はただ一つ。

「ありがとう、なまえ」
「ええ? 大袈裟だあ」
「いいや。決してそんなことはない」

部屋の外から声がした「なまえ」と、彼女を探す声。タイムリミットが来た。ちらりとなまえを見下ろすと、瞳は、海と沈みゆく太陽との狭間のように大量の光を湛えて揺れていた。
たったこれだけの理由のために、彼女はここにいる。


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20190121:命令でなく、義務でなく、責任でなく心配してくれるから彼女だけは変わらないって話
 
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