彼女は風を起こせない/ウィンディ


なまえの姿を見かけないから、また人間のフリをしてLINKVRAINSで遊んでいるんだと思ったけれど、館の窓枠の一つに座っているのを見つけた。
差し込む夕日が馬鹿みたいに赤い。真っ直ぐなまえを照らしているのに、あいつはさして眩しそうではなくて、挑むように、太陽を見つめていた。

「なまえ」

僕が呼ぶと、なまえははっとしてから僕を見た。そのあと照れたように笑いながら、「お疲れ様」と僕に応えた。相変わらず気が抜けていて、見つけたらさっさと連れて戻るつもりだった気持ちが失せてしまった。このままここで、なまえとしばらく夕日に照らされていることにする。

「お前だって、今日は珍しく忙しそうにしてただろ」
「そう? ハルの話をずっと聞いてただけだよ」
「ハル? ボーマンもだろ?」
「あれ。よく知ってるね」
「ボーマンにお前はどこにいるのか聞かれたからな」
「そっか」
「……それで? なんの話しだったんだよ」

なまえから、今日やった事、の話が聞けるのは割合に珍しい。どんな言葉が出てくるかと待っていると、なまえはしっかり十秒程悩んだ後に人差し指を立てて言った。

「兄弟愛について、だね」
「はあ?」
「兄弟愛について」
「はー……、そんなもんに真面目に付き合ってたのか?」
「案外楽しかったけど」
「まあ、そりゃよかったな。お前の得意そうな話だ」

僕が何の気なしにそう言うと、なまえはぱちぱちと目を瞬かせた。僕に対して時々こういう顔をしているが、僕はいっつもこいつがどんな気持ちでそう驚いているのかわからない。

「……」
「なんだよその顔」
「何って言うか……、褒められたような気がして……、喜んでもいい?」
「……まるで僕がお前を一切褒めたことがないみたいな言い草だな。好きにしなよそんなこと」
「ここに来てからはほら、私、サイバース世界にいた頃より仕事してないから……」
「なまえはそれでいいんだよ」
「みんなそう言うけど……、手伝えることないかなあホントに……」
「誰もお前に能力以上の期待をしてないだけさ。お前はデータストームも満足に操れないんだから大人しくそうやって暇そうにしてるのが似合ってる」
「……」

なまえはじっと黙って、眉間に皺を寄せて考え込んでいた。しばらくするとぐしゃりと崩れて、窓枠に倒れ込む。「……それ、フォローじゃ、なくない?」そんなことはないはずなのだが。僕の考えていることがちゃんと伝わるようにと言葉を足そうとしたが、なまえが予測よりずっと早く起き上がったので言えなかった。

「まあきっと、利用できるから誘われたんだろうと思うからいいよ。その時にこき使ってもらったら。結果はどうかわからないけど」
「ふうん」
「うん」
「じゃあもう、行くか」
「行く」
「よし」

僕が手を出すと、なまえの両手が重なる。飛ばされないように掴んでやると、ふたりを僕の風が包んだ。

「行くぞ」

僕はなまえの手を引いて、窓枠から降ろしてやった。ハルのやつめ。なまえを高い所に置いたら地面に戻しておけと言っておいたのに。こいつはたぶん、ひとりじゃ降りられないから、誰かが通り掛かるのをじっと待っていたのである。


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20190118:「僕が通らなかったら、どうするつもりだったんだ?」「私もね……そよ風くらいはなんとかなるから……」「絶対にやめろ」
 
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