篝火の夢05(ウィンディ)
家電量販店に遊びに来た日のことである。
人間どうしたってすべてのものを見つけるのは不可能かもしれない、と私は妙な感慨を得たので、早速ウィンディに話してみることにする。
「ウィンディ、あれ」
「ん? どうした。なまえ」
ウィンディの態度はと言えば人間が飼い犬か何かに接する時のような余裕があって、今日はどうやら上機嫌だ。良い冷たい風が吹いて、空が晴れているからかもしれない。
私はそっと床を指さして、変に思われないよう声を潜めた。
「……見たけど?」
あれがどうかしたのか。とウィンディの目頭にぐっと力が入る。ウィンディはただ、その家電量販店の入口にある、大きなマットを替えているだけの人間を見た。ガムテープと上手くやれていないのか時々舌打ちをしている。
「あんな原始的な仕事がまだ存在したのか」
「原始的」
「だってそうだろう? あんなのは至極簡単なプログラムだ」
「エコーはできる?」
「バカにするな。エコーは大抵の事はできる。なんてったって僕が作ったプログラムなんだから」
ウィンディは私の肩の上で胡座をかいて得意げに笑った。それはそうだろう。「うん」と私はそれだけ返しておいた。
ウィンディがこちらを見上げる気配がする。私は飽きもせず店先のマットを取り替える男を眺めていた。
「それで?」
ウィンディがさっさと喋れと促すから、私もちらりとウィンディの方を見た。存外優しい赤色の光がしっかり届いている。
「私はこの店に入った時、あのマットを踏んだんだっけ?」
「さあ。知らない。でも、踏んだんじゃないか? 踏むためにあるものだし。そんなことが重要なら監視カメラのデータでも覗いてきてやろうか」
「いやいや、重要なことはそんなん覚えてないってところで」
「……それで?」
私は自分の掌を見つめた。
「ああして人の手が加わってるんだって思うと、途端、愛しいなって」
「んー……? ああ、意識の外にあったものを積極的に認知するようになったとか、そういう話か。それに構っているやつを見たことをきっかけに、認知が変わったって? 面白いデータだな」
「面白い?」
「ちょっとだけな!」
「ならよかった」
またバカがバカなことを言い出したと呆れられると思っていたが。いや、呆れたとしても彼らイグニスというのは、とりあえず話は聞いてくれる。そして各々の感じたことを返してくれるのである。私は彼等のそういう所が大好きだ。
「それで、そのデータを僕にどうしろって?」
「言いたかっただけ」
「相変わらず脊髄反射だけで生きてるな」
「誰にでもこうってわけじゃないよ」
「そうでなければ困る」
ウィンディは真面目な顔をして深く頷いた。困る、らしい。困らせてはいけないな、と私は少し笑ってみせた。ウィンディは引き続き真剣に考え込んでいる。もらったものをどこにしまうか、それとも捨てるか考えているようだ。
「ふむ……。そんなデータがいつどこで役に立つのかさっぱりわからないが」
データは多分、コートのポケットみたいな、手を伸ばせば自然と触れられるところに押し込まれた。
「一応、覚えておいてやる」
私も忘れないように、この気付きを書き留めた。
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20181210:恋に似ている。