二十二時二十五分の死/ウィンディ*


LINKVRAINSにも風は吹く。
月も太陽もある。
人間どもにとっては虚構の世界。
僕にとっては、紛うことなき現実だ。
サイバース世界には、及ばないけど。

「また見ているのか」

指摘されてハッとした。
顔を上げて、光のイグニスを見上げる。今すぐなにか言わなきゃいけない気がしたから「暇な人間がいるなと思っただけさ」と答えておいた。
それを眺める僕もまた暇なのだということに、僕も彼も気付いている。気付いているが、あまりにもくだらないからか、彼は「そうか」とだけ言った。そうさ。

「あんまりにもなにもしないものだから、つい観察してしまっただけだよ」

他には何も無いのだ。彼はもう頷きもせず、「ふむ」とだけ言って光の速さでどこかへ消えてしまった。後を追うべきか考えるが、風では彼に追いつけない。無理に今動く必要は無いだろう。
僕はまた、LINKVRAINSで一番高いビルの屋上で、ぼうっと空を眺めるアバターを見ていた。なまえと言うらしい人間は、ただ、毎日、二十二時四分からここに来て、キッチリ一時間後にログアウトする。デュエルをしているところは見たことがないし、イベントに参加しているところも見たことがない。それどころか口を聞くところも見たことがない。せいぜい、屋上でひっくり返ってデータの空を見上げたり、ビルのフェンスを乗り越えて、目を閉じていたりするくらいだ。
こういうのは、なにもしていない、と表現できるだろう。
僕には、全く理解ができない。

「ただのバカかもな」

そんな言葉で片付けるのは簡単だ。

「もしくは、頭がバグってるのかもしれないな」

考えることを放棄した結論だ。

「あんなやつを観察するのは時間の無駄だ」

その通り。
時間の無駄だ。なんの意味もない。それなのに一ヶ月間も観察してしまった。
うっかり見つけてしまって、あの人間は何をしているんだと観察してしまった。結局いつ見てもどんな時もなにもしていないし、同じ顔しかしない。独り言も言わないし。ただ呼吸してそこにいるだけだ。
こんなに無駄なことがあってもいいのか。
ちょうど一ヶ月目の今日。彼に指摘されたこともあって無性に、ムカついた。
話したこともない人間。いるんだかいないんだかわからない人間。暇そうな人間。表情も変わらないし、これだけ観察したって言うのに何もわからない人間。
三十日間三十時間の成果、ゼロ。

「ん? あー、またやってるのか……」

人間はおもむろに立ち上がって、フェンスを乗り越える。そうしてギリギリに足をかけて。目を閉じたまま立ち尽くしている。
本当に下らない。
こんなもの、一ヶ月も観察していたなんて。
なんの足しにもならないし、僕が少しムカついただけだ。
僕は、そっとその人間の後ろに回った。
はじめてこんなに近付いた。
いつも絶対に見つからない場所からみていたせいか、どきどきしている。
そんな不確定要素すら、今は不快で。
人間の背に手を伸ばす。
触れることは無い。
ただ空気を弾くように手を動かすと、ぐらり、と人間との距離が出来始める。
きっともうこれで、ここには来られなくなる。
人間の足はもうどこにも着いていない。
僕はいつかと同じ感情でその様子を見ていた。
あいつはきっと死ぬだろう。
僕が殺したから。

「………………え?」

声は、人間のものでは無い。
僕が間抜けにも声を上げてしまった。
そして直ぐに後悔する。
もっと離れた場所から殺せばよかった。
そうしたら。

「ああ、これで終わる」

人間は、心の底から幸せである、と、穏やかに、穏やかに笑っていた。
そして、落ちる直前、僕と目が合う。

「ーーーーありがとう」

僕はちっとも笑えなかった。
こんな終わりを、喜ぶなよ。


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20191104:知りたかった、なんて今更言えない。
 
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