→happy(2)/ベクター


「あ、れ。おはよう」
「あ! おはようございます、なまえさん! 遅いですよ、もう朝ごはんできるから顔でも洗ってきて下さい!」
「あ、うん」
「待ってますからね!」

寝ぼけたような顔でこちらに来たなまえだが、今ので少しだけ目が覚めたようだった。
平日は朝早くに起きて準備しているけれど、こと休日なると昼前くらいに起きてくる。
寝ているなまえを起こしに行けるのは休日の楽しみだっていうのに、俺の計画の一つは早くも崩れ去ることになった。
もちろん、寝ぼけているのをいいことに目覚めのキスでもかましてやるつもりだったのに。
残念だ。
しばらくすると、なまえは着替えまで済ませて戻ってくる。

「ありがとう」
「……」

にこりとわらって、なまえは俺の頭を軽く撫でた。
礼のつもりなのだろうし、実際気持ちがいいからやめろとも言わない。
はじめのうちこそ、なまえは、俺に触れないように、というか、友人である、という距離を保とうとしていたようだが、俺があまりにも気をひこうといろいろと手伝うものだから、こういう形に落ち着いた。
これ以上は望めない。
そもそもなまえが毎日やっていることを一日やった程度では何を誇ることも強請ることもできないのである。
もっと大きなピンチを救ったなら、俺三人分くらいのおねだりをかましてやろうと虎視眈々と狙ってはいるが。

「ほら、食えよお姫様」
「ふは、ありがたいけど昔からそんな器じゃないよ」

ベーコンエッグもうまくできるようになった。
栄養バランスを考えるなまえに習って、作り置きされていたポテトサラダも添えてやった。
味噌汁は、残念ながらインスタントだ。

「うん、美味しい」
「そいつはなにより」

休日はいつもこうかと言われれば、そんなことはない。
なまえは休日も平気でどこかへでかけたり、天城兄弟と約束があるからと俺をおいていったり、俺も起こされるまで寝ているせいで二人して残りの時間をだらだらと過ごしたり。
最後のが一番幸せだが、今日は、まあ、気まぐれだ。
気まぐれ。
なーんて俺様にはきっちり打算があり、計画がある。それはまだ進行中で、俺はなまえに尽くし続ける。

「ヨーグルト食うか?」
「ううん、もういいよ。ああ、私片付けるから」
「おいおい、ここまでやったんだから片付けも俺にさせろよ。お前は向こうでテレビでも見てろ」
「……、あ、学校で家の手伝いをする宿題が出たとか」
「出ねえよ」

出なかったっけな。
と首を傾げるあたり、きっとなまえにはそんな宿題に覚えがあるのだろう。
それでも言われた通りに席を立って、ソファに座り、テレビをつける。
何度かチャンネルをかえて、天気予報のところをぼんやりと眺める。
天気予報が終わったあとの旅番組は見ずに、今度はニュースに変えていた。
俺もその頃には片付け終わり、なまえの隣に座る。
口調はどうするか考えていると、なまえは思い出した様に立ち上がり、言う。

「せっかく早く起きたし、今日は一日いい天気みたいだから、布団でも干そうか」
「あ?」
「うん。そうしよ」
「……」

仕方がない。
勇んで寝室へ向かうなまえに続き、布団を干すのを手伝った。
確かに、ベランダに出るといい天気で、布団を干すには最高の陽気であると言えた。
俺は別に一緒に布団が干したかった訳では無いのだが、布団を外に出したら部屋の掃除が始まってしまった。窓のサンまで掃除をする徹底ぶり。
いつもできない分をと言うのがなまえの言い分ではあるものの、どう見ても年末にやる分が残らないほどの大掃除であった。

「あ、お昼ご飯。なにがいい?」
「なんか冷たいもん」
「おっけー」
「あ」
「ん?」
「……なんでもない」
「そう?」

昼飯に、食いたいものを答えている場合ではなかった。
とは言え、少し疲れた。
何か飲んで、それからでも遅くはないと、ソファに座ると、俺よりもずっと計算高く、なまえは麦茶を出してきた。
「さすがだぜ」なんていう声は少し参っていて、やはり彼女には勝てないのかもしれないと思わずにはいられなかった。
王子だった頃も、守られた記憶しかない。
今も、形的には保護してもらっているというものだし。
それでもぼんやりテレビを見ていると、程なく昼飯が出来上がったようで、こっちに持ってきた。
うどんだ。

「冷やしうどん!」

得意気に、この瞬間にぴったりだろうと胸を張る。
たしかにぴったりだし、大根おろしが乗って、甘辛く炒めた肉も乗っていてたいへんうまかった。
てんぷらもほしくなるな。
そんなことを考えていると、なまえがぽつりと。

「てんぷらもほしくなるなあ」

と呟いた。
同じことを考えていたことに嬉しくなるが、なまえは俺の表情が緩んでいるのに気付かずに自分の料理の出来栄えについて難しい顔をして考えていた。
心配しなくてもこいつの作るものはなんでもうまい。
昔から、夜遅くなった時にこっそり作ってくれるこいつの夜食が好きだった。
嫌いなものは、ほかの人間に向ける笑顔だろうか。
それくらいしか思い当たらない。

「食べ終わったら布団をしまって、そのあとどうしようか」

なまえは笑っていて、楽しそうだ。

「出かけようぜ」

だからだろうか。
いろいろ言葉を考えたりしていたけれど、するり、と、自然に言葉が出てきた。
デート。
別に場所はどこだっていい。
近所のスーパーだろうがコンビニだろうが。どこだっていいのだけれど、今日は二人ででかけたいと思い、それを断られるのが嫌でいろいろと手伝っていた。
けれど。
まあ、こいつは用事がないなら断ったりはしなくて、ふわりと笑う。

「いいね。甘いものでも食べて、ついでに買出しもしちゃおう」
「……」
「ん? 何か違う?」
「いや、あー、あとあれだ、新しいカードパック」
「んん、前話してたやつかな。そうだね、それも買いに行こう。となるとどこに行くかなあ」

打算も計画もないような。
俺の周りにはこんなやつばかりだ。
まあこいつは、打算も計画も立てれば実行できてしまう器用なやつではあるけれど。

「ん、カード買うなら途中で遊馬くんとか」
「……こういうとこだよなあ」
「ん?」

それでも、どうしようもないくらいに、幸せなのだ。


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20160714:ある休日。
 
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