休日くらいあってもいい/鴻上了見


リンクヴレインズはプレイメーカーとハノイの騎士の話題で持ち切りであった。いくつかの記事を読むことにも飽きてきた頃。かたん、とテーブルの上にコップが置かれた。
鴻上了見はなまえの隣に腰を下ろす。自分の分も入れてきた飲み物を口にしながら、なまえが開いているノートパソコンの画面を覗き込んだ。一瞬眉間に皺を寄せるが、ほんとうに一瞬だけで、次の瞬間にはなにもなかったみたいになまえに問う。

「なにか、面白いことでも書いてあったか」
「なんにも」
「そうか。一段落したのならお前も飲め。もう三時間はそうしているだろう」

そんなにだったか、となまえは時計を確認する。確かに、始めたのは朝だったのに、もう昼を過ぎている。「ありがとう」コップを持ち上げて口元に持っていくと、初夏のような澄んだ緑色から、さっぱりとした果物の香りが立ち上っていることに気付く。先日買って置いておいた緑茶ベースのフレーバーティー。

「……」

了見はじっとコップの中身を睨み付けている。美味しかったのかそうでなかったのか、なまえにはわからない。気に入って飲んでいるなまえのことを慮ってひどく貶めたりはしないだろうが、同じく気に入った、という風ではない。なまえはあまりにも神妙にする了見が面白くて笑っていた。

「……知らない間に、ものが増えている」
「あははは! 何言ってるの」

笑われたことも、幼馴染が知らない間に知らないものにはまっていたことも、どうやら了見にとってはあまり良い出来事ではないようで、また眉間に皺を寄せている。あまりに素直に不機嫌そうにするものだから、それもまた面白くてなまえは笑い続けている。「わざわざお茶を買った話なんてしないよ」それにたぶん、と言葉は続く。

「了見はなんとなくほら、珈琲ってイメージだから」
「だが、」
「うん?」
「気に入ったものなら、お前は、」
「うん」
「…………」
「ん?」
「私にも話をするだろう」

なまえはまた思い切り笑っている「今日はどうしたの?」「どうもしないが」「ほんとに?」三時間放っておかれたことと、知らない間に増えていた好きなもの。了見はまた少し考えた後に、コップに入っていたお茶を飲みほした。なんてことはないただの緑茶なのだが、なまえは、宝石でも眺めるみたいにお茶を眺めて、極上の果物を飲み込むみたいに楽しんでいた。

「他にはないのか?」
「うん? お茶?」
「違う」

息を吸い込む、まだ、果物の香りがしている。

「最近、好きになったものだ」

了見は注意深くなまえの部屋を観察する。変わったものは特にない。いいや、見慣れない茶器があることには気づいていた。それ以外には、見つけられない。なまえは相変わらずに笑っている。「今日の了見は一際面白いなあ」と。

「なんだろうねえ」
「ああ」
「あ、ネイル練習してる」
「なに?」

なまえはちらりと自分の爪に視線を落とす、今はなにもついていないようだが、了見はなまえの片手を引き寄せて観察している。言われてみれば、爪の手入れがいつもより丁寧にされている気が、しなくはない。練習している、と言う言葉通り、あまり上手くはないのだろう。

「何のために」
「なんのために」

嫌味に聞こえかねない問いかけであったが、なまえにとっては大変に面白い質問だったようで、今度は腹を抱えて笑っている。「なんのために」なまえは再びその言葉を繰り返して、ソファから転げ落ちて行った。床でノートパソコンを抱えて、笑っている。

「理由はないけど、見てたらなんとなくほしくなって」
「……本当か?」
「逆にどんな理由だったら納得なの……」

ノートパソコンをテーブルに避難させて、よじ登るようにソファに戻って来た。了見もなまえも、既に当初予定していたいろいろなことを忘れてしまっている。勢いで始まってしまった、最近はまっているものについての話が続く。

「そうだな……」
「んん、特に理由はないし、了見の為ってことにしておいてもいいけど」
「真面目に考えろ」
「嘘、怒られるんだ」

せっかくソファに戻って来たというのに、「もうだめだ」となまえは再びソファから転がり落ちて笑っている。「今日の了見が最強に面白い件について……」と床に額をくっつけてもだえ苦しんでいるのである。なまえがこうして笑い転げている光景について、今更思うところもないけれど、この姿を見ていると、体も心も休めている、という気がしてくる。
了見はなまえの腕を引いて、ソファに引っ張り上げた。まだ笑っている。

「それで」
「あ、この話まだ続ける?」
「ああ。何か面白い話をしてみせろ」
「やばい」

「唐突な無茶ぶり」「流石リボルバー様だなあ」と、なまえは相変わらずに笑っている。心の底から楽しそうに、ただただ笑っているのであった。これだけ笑われても不快に思わないのは、単純に付き合いが長いからでもあるが、何よりも、なまえが、まるで、夏の飲み物の中で音を立てる氷のように、爽やかに笑うからでもあった。了見にとっては、真似のできない幼馴染のこの気質。心の底から気に入っているのだが、この感情を言葉にしたことはない。
今度は、腕を掴んでいるからソファから転がり落ちることはない。ただ、笑いすぎて、手の先まで熱くなっている。心地よい熱だ。

「ソファから転がり落ちる芸はもう飽きた」
「芸じゃないんですけどねえ。えーっと、それなら、ああ、でも、了見」

なまえは笑って、了見を指さした。飽きた、とか、面白い話をしろ、だとかいろいろ要求する割には了見の表情はあまりにも柔らかい。なまえは一人で笑っているわけではない。ちゃんと、鴻上了見と笑い合っていた。

「了見も笑ってるじゃない」

(私は、なまえ程うまく休日を過ごす人間を見たことがない)


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20180806:お茶の話を永遠にかいていられるようないられないような。


 
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