アイスティー/藤木遊作


からん、と、グラスに入れられた幾つかの氷が音を立てた。
だから、というわけではないけれど、俺はじっとその様子を眺めていた。
飛び込んだ先が熱湯だったから、氷はたちまち溶け出してしまった。なまえは新しい氷を流し入れた。紅茶のティーバッグがお湯にも水にもなりきれていないグラスの中でくるくると回る。吊っている糸は氷のせいで少し歪んで、それでも破損することはない。なまえは「うん」とも「ふうん」ともつかない音で一呼吸おいて、そのグラスを満足そうに見下ろしていた。いつでもそうだが、心底楽しそうに見える。
お湯が少ない、ずいぶん濃いめの紅茶を淹れているなと見ていたが、溶けた氷のおかげで順調に、とてもちょうどよさそうなアイス・ティーが出来上がっていく。
「もういいかな」とティーバッグを引き上げて、続けてなまえは、どこから取り出したのか、使い切りの、小さな容器に入ったガムシロップを取り出した。たった一つのガムシロップ、その一滴すらも無駄にしないように、なまえは慎重すぎるくらい慎重に蓋をはがす。ぱき、と、どうして、彼女の近くで鳴る音はどれも弾んで聞こえるのだろうか。

「よし」

氷の上から注がれる、グラスの中の透明な茶色がぐにゃりと歪んだ。
最後の一滴まで、待って待って、待ちきれなくてガムシロップを持った手をくん、と振って。
ただのゴミになってしまった空の容器を持ったまま、近くに置いてあったスプーンでアイス・ティーとガムシロップを混ぜ合わせた。
出来上がりだ。
なまえはもう少し、アイス・ティーが冷えるのを待つのだろう。持っていたゴミを捨てたり、スプーンを洗ったり。俺はなまえの観察はそこまでにして、出来上がったアイス・ティーを見た。氷が溶けて、からん、と、また、音を立てた。光の加減だろうか。グラスの凹凸がそうさせるのだろうか。なんでもない、ふつうのアイス・ティーのはず。別段好きでもない。それでも、なまえの作り上げた一杯は、どうしてか。
どうしてか。

「なんか、すげーうまそうだな?」
「……なにがだ」

主語がない、けれど、Aiの言いたいことはわかっている。
わかっているが、どうにもAiの言葉を全面的に肯定するのは癪だった。Aiはこちらを見上げて両腕を大げさに振っている。

「なまえが作ってるあれだよあれ! 遊作があんまりじっと見てるからさ。俺も見てた!」
「……」

俺はわざとらしく、Aiからグラスに視線を移動させる。
変わらない。Aiが言った通り、俺にも、あのアイス・ティーはとてもうまそうに見えている。

「な? すげーうまそうだよな?」
「黙れ」

そうだな、と言ってもよかったが、俺の口から反射的に出てきたのは、そんな言葉だった。「理不尽!」Aiはいつものように叫ぶ。「横暴だ」「いじめだ」などと喚くAiをもう一度黙らせてから、俺は落ち着いて息を吸い込んだ。

「なまえ」
「うん?」

なまえがこちらを振り返る。
別に、これくらい、普通のことだ。
だから、変に間を空けたりせずに、なんでもないことみたいに。
言う。

「……それ、俺にも作ってくれ」

言った。息つく間もなく、なまえが反応するよりも早く「ずるーい! なまえ! 俺にも俺にもー!」Aiが再び喚き始めて「お前は飲めないだろう」実際飲むことなどできないのに。なまえは「いいよ」と、俺と、……Aiに、笑って言った。「やたー!」などと、Aiはやっぱり俺よりも先に素直に喜んで更には「サンキュー!」と簡単に感謝の気持ちを言葉にしてしまった。
俺はといえば同じものを持ってきてもらって、その時、ようやく「ありが、」「ところでこれ、なんなんだ?」「紅茶だよ。アールグレイ」「おい、本当に黙れ」「「ごめんなさい」」「い、いや、なまえには言ってない」なまえは楽しそうに笑って、Aiは「なんだよ! 俺だってうるさくしてないぞ!」と大げさに抗議した。
アイス・ティーに口をつけると、ガムシロップの甘さが全身にしみこんだ。「うまい」と自然に出てきた言葉になまえは「どういたしまして」と夏空みたいな笑顔で応えた。


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20180420:ただのアイスティーを作る人を見たのよ。いやまたそれがおいしそうにみえたものだから。
 
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