空の近くで/スペクター


LINKVRAINSの一角で、盛大に湧くブルーエンジェルコール。私はその輪をビルの上から眺めていた。はじまったデュエルを、見下ろしていた。

「ああなりたい、あるいは、ああだったらいいのに、でしょうか?」

それだけだったのだけれど、ふと、風が吹いたような気がして振り返る。知らない男(少なくとも見たことのないアバターだった)が、立っていた。
全体的に、雪雲のような色味をしている。不自然なくらい鮮やかな青い瞳が印象的だった。

「……ええと?」

返す言葉を咄嗟に用意できなくて、私は座ったまま彼を見上げた。彼はある程度近くまで来ると、私の斜め後ろあたりで立ったまま、にこり、と私を見下ろした。

「ああ、失礼。お気になさらず、続けて下さい。あれらを観察している貴女を、観察しているだけのこと」

……特別な用事がある訳ではなさそうだ。

「そう……?」

言われた通りにデュエルに視線を落として、ブルーエンジェルの戦いを眺めている。なんてことはない、流石にカリスマデュエリストと言われるだけのことはある。きちんとアイドルもして、デュエリストもしている。彼女がああして得るものがなにか、彼女のあれは無理をしているのではないか、みたいなことはわからない。熱心なファンでもない。
ここでこうしているのは、彼女や、あるいは鬼塚なんかのデュエルが好きだからに他ならない。
ほら例えば、彼女の指先から伸びていく、強い人たちが描く、その真っ直ぐな光の線が。
すきだ。
うん。
私はそのまま、まだ少し後ろで立っている彼に声をかける。先ほどの、質問のような独り言のような言葉への返事だ。
彼に言われて考えてみたけど、私はなにも、羨んでいるわけではないようで。

「なりたくは、ないかな?」

こちらの言葉に、さらに返事が返ってきて、彼と会話に繋がる自信はなかったけれど、彼は満足そうに笑っていた。

「フフ、そのようです。貴女は思っていたよりずっと素直な方だ」

そうだろうか。「そうならいいけど」丁度、下のデュエルも決着がついた。立ち上がってログアウトの準備をする。戻ったら何かやることがあったような気がしたけど、今は思い出せない。

「おや、もう戻られますか?」
「そのつもり」

私がこうして気まぐれでここに居たように、彼もきっと気まぐれでここに居たのだろうと思うから、私は彼の名前を聞いたりしなかった。私も聞かれていない。その上、そうそう簡単に会える人でもないような、気もしていた。

「ではこちらに」

私と彼との間には見えない壁があった。私は彼に深入りしないようにしていたし、彼もこちらを気にしすぎないようにしていた。はずだ。自信がなくなったのは、彼の手が私の目の前に伸びていたからだ。
思わず掴んでしまいそうになる。
実際、あと数ミリという所まで手は動いて、指先は、もしかしたら触れたのかもしれない。その瞬間は、どうしてか私とこの人との間に距離を感じなかった。
刹那、感じた違和感に私はピタリと手を止めた。
行き場のなくなった指先を握りこんで、胸のあたりに戻す。

「また」

その拳を、彼に向かって突き出した。
彼は、触れたような、触れなかったような指先をしばらく見つめて、何事も無かったみたいに頭を下げた。

「ええ。またお会い出来たなら、是非、デュエルを」

デュエリスト同士にしては、あまりに静かな、出会いと別れだった。


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20180126:「きっとあの方は、私の我儘を叶えに来て下さるでしょうから」
 
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