錆びついた約束02/ベクター


02---つながらない

なまえだ。紛れもなく、なまえがそこに居た。俺もなまえも距離を詰めないままだった。
なまえは、微笑みながら、淡々と続ける。

「久しぶり。なのかな。あれからどれくらい経ったのか、わからないけれど」

どれくらい、なんて年月じゃない。気が遠くなるような日々を越えて、また、変わらず会えるなんて。いや、バリアンの奴らやらとは出会ってしまっているけれど、なまえとまた、こうして。

「ようやく会えた。でも、ちょっと迷っていたせいで、ここでの闘い方もわかってきたし、よかった、かな」

どこで入手したのかわからないが、なまえはデュエルディスクとデッキとを所持している。どこかから奪ったのか盗んだのか。あるいは正当な手段を踏んで手に入れたのか。服も、汚れてはいるが現代風なのは、ここに来るまででどこかで、例えばどっかの誰かみたいな世話焼きに出会っていたのかもしれない。だとしたら、いいのだけれど。
俺はかけるべき言葉を必死に探す「何故」とかそんなことはいい。「どうして」なんてくだらない。「久しぶり」か? それとも「悪かった」だろうか? なまえの口ぶりから察するに、どうやら俺を探していたみたいだが、俺はといえば、まさか、会えるだなんて本気で確信できていたわけではない。
引きずるように足を半歩前に出す。

「おい、ベクター」

唇がそっと上下で離れた瞬間に、隣から声がかかる。
感動的な再会、とはいかない。

「チッ、なんだよ」
「あれは、あのなまえか?」
「……」

あのなまえ。
あの。
かつてのなまえにはいろいろなことをやらせてきた。それこそ一人で村だとか街だとかを滅させたこともあったし、なまえの国も、最終的にはなまえが全てを牛耳って、俺の支配下にあったと言っても過言ではない。ナッシュは知らないのか。あの、なまえしか。
だとするなら、今のなまえはそのイメージのままだと思うが。ナッシュの野郎が臨戦態勢で冷や汗まで流しているのはそのせいか。なまえが発する圧に耐えかねて、今にもデュエルを仕掛けんばかりだった。
対してなまえはといえば、相変わらず邪気のない顔でただ笑って、何かを待っているみたいに押し黙っている。何を待っているのか、は、わかる気がした。こいつはきっと、俺からの言葉を待っている。
ナッシュの質問は無視しておく。邪魔をしてくれるな。俺は、今、こいつにどんな言葉をかけるべきか、全力で悩んでいるのだから。ひとまずは。そうだ。罪悪感とか胸の痛みとか、諸々面倒なものは置いておいて、なまえがそうしたように、まずは。

「なまえ」

俺もなまえを呼ぶ。俺もちゃんと覚えている。だからそんな離れたところに立っていないで、とにかく近くへ。
なまえは笑って、何かを言おうと口を開いた。「――――――――」言葉は声になったのだろうが、同時に、強い突風が吹きつけて、ここまで届いてこなかった。
全てを突き破って現れたのは、オービタルを背に飛んできた天城カイトであった。

「そこまでだ。お前には、元居た場所に帰ってもらう」

なまえは乱入者を目で追いかけはするものの、表情をまったく変えない。カイトに危害を加える様子はないが、どうにも心がざわついて、不安になる。カイトは殺意すら感じさせる形相でなまえの正面に降り立った。
いやいや、待ってくれ。いいから、ちょっとだけ俺に時間をくれ。
ナッシュがカイトの肩を掴んで、俺は見かねてカイトとなまえとの間に立った。
「離せ」とナッシュを睨みつけるカイトの様子は、かなり切羽詰っているように見えた。余裕がなくて焦っている。なまえの出現に嫌が応にもつきまとう、不穏な予感。

「お前はなにを知ってんだ?」

悠長なことを、と言いたそうに眉をしかめて、ナッシュの手を振り払いながら、カイトは言う。

「そいつはこの世界の人間ではない」

そんなことを言ったら、俺やナッシュ、いや、一度死んで帰ってきたカイトだってこの世界の人間である、ときっぱりと言い切るのは難しいのではないか。そんな横槍を入れたらもっと睨まれそうだ。俺も野暮なツッコミはやめておく。
ナッシュと一緒になってカイトの言葉を待った。

「アストラルによって世界が修正された瞬間から、突然この次元に現れている。出生も出自も不明。正体不明の化け物だ」

なまえはなにも言い返さない。
ナッシュも何も言わない。当然か。ナッシュだけじゃない。他の七皇だって、なまえが一体どんなやつだったか、なんて知らないはずだ。聞き及んでいてせいぜい嘘とも本当ともつかない荒唐無稽な噂くらい。しかも、たぶん、いい噂じゃない。
今だって、一人無傷で立っている。
転がっている奴らのことなど、もう忘れてしまったみたいに、こっちを、いいや、俺を? 見ている。
カイトがこちらに踏み出してきたから、俺は左腕を大きく振ってカイトを牽制。狙い通りに止まってくれたが、俺の言葉がまずかった。

「待てよ、なまえは」

カイトの顔色が変わる。正体不明の化け物、だと思っているものを、親しげに名前で呼んだからだろう。カイトが俺に掴みかかる。

「なまえ? ベクター、お前まさか、あれのことを知っているのか?」

随分と冷静さを欠いている、いいや、違うか。なまえのことを怖がっている、のかもしれない。などと、俺はこの瞬間まで冷静にいようと努めて、カイトの行動も思考もどこに準ずるものなのか考えていた。どうにか平和的にこの場を収める方法はないものか。考えていた。考えていたのだ。
だが、つい。

「ああ? 何に向かってあれだのこれだの言ってやがる……!」

と、俺もカイトを掴み返してしまった。これでは、話などできようはずもない。いいやしかし、人の親友に向かって化け物だの、なんだのと、腹が立たないわけがない。「おいやめろ」とナッシュが間に入ろうとするが、俺のこの反応を受けて、カイトはどうやら俺が仕組んだことでは、と考えたらしく、血相を変えて俺に詰め寄る。

「まさか、お前が……!!」

上等だこの野郎。

「お前ら少し落ち着きやがれ! よくわからねえが逃げる様子も襲ってくる様子もない。それで、どうしてお前があいつを追ってる? あいつはなにをした」

ナッシュが強く間に入って俺たちを引き剥がす。俺もカイトも一度だけ、大きく息を吸って、それから吐いた。「……俺も噂が気になってな。少し前から奴を追っていた」ようやくカイトは自分が焦っている理由を話す気になったらしい。最初からわかるように説明しとけばよかったものを。余計な手間をかけさせやがる。

「昨夜のことだ。鉢合わせたWと、Vがやられた。あれをあのまま放っておくのは危険だ」
「揃いも揃って負けたってのか」
「ああそうだ。だから俺はこれ以上被害が出る前にあいつを捕らえる。そのために来た」

戦い方もなんとなくわかった、と言っていたが、なんとなくなんてものではない。よりにもよってあのあたりを打ち負かすとは。カイトが血眼になってなまえを捕まえようとする理由はわかった。わかったが、それを許すわけにはいかない。
カイトは多少頭が冷えたのと同時に、俺のそんな気持ちというか、確執というか、そういうものを感じ取る余裕ができたのか、ちらり、とこちらを見る。

「いいな?」

それはつまり、俺に、なまえを今ここで捕まえるが問題ないよな? と、聞いているわけだ。

「顔見知りなんだろう」

ナッシュとカイトの視線が刺さる。いいか。と聞かれればいいわけはない。顔見知りだろうと言われればその通りだ。実際、なまえは黙っているが、俺の名前を呼んだし、俺もあれはなまえだとわかる。わかるが。

「いやいや、お前らよお」

どうする。

「そんなもん」

答えは決まっている。ただ、こいつらを納得させられるだけの言葉を選べるか、という話しになると難しい。特にカイトには、生半可な言葉じゃあダメだ。ああそうだ、それならひとまず、俺もなまえに付き添って、カイトと一緒に行くというのはどうだろう。昨日はWとVをこっぴどく負かしたかもしれないが、なまえをちゃんと調べて、危険がないと判断してもらえりゃあそれで。

「ねえ」

沈黙を、その辺の石ころみたいに蹴り飛ばす。なまえが言う。ころりと首を傾げて、笑っている。

「なまえって、私のこと?」

いいわけあるか。
俺は歩き出して、なまえのすぐ隣に立つ。ぐ、と抱き寄せる。ひやり、と嫌に冷たくて細い体。

「頼む」

なりふり構わず頭を下げる。

「この件、俺に預からせてくれ」

なまえはきょとんと俺を見上げて、じっと、おとなしくしていた。


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20180310:目標、三月中にラストまで。
 
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