青の侵略(2)/海馬瀬人


なまえが重きを置いているのは俺ではないとわかっている。
が、俺のこともモクバと同様に放っておけないということも、わかっていた。
俺とモクバは、果てしなくなまえにとって特別ではあるものの、なまえが何のしがらみもなく愛せるのはどうやらモクバの方であるらしく。
腹が立つ、ことはないが、時折、本当に時折見せる、苦痛に耐えるような表情には、少しだけ腹が立つ。
ありとあらゆる可能性を考えたが、なまえが苦しむ理由としては正しくない気がしていた。
なまえは俺とモクバが好きである、少なくとも放っておけないと思っていて、頼んでもいないのに暇があれば様子を見に来るくらいには、好意を抱いているのである。
劣等感のようなものかと考えたこともあるが、それはありえない。
KCの誰もが、なまえのことは認めているし、なまえほど能力のある人間を俺はほかに見たことがない。
だから、違う。
他になまえと近しい人間というのも、見当たらない、俺やモクバよりも親しい人間がいるようにも見えなかった。
嫌々一緒にいる、と言うこともない、俺が見るなまえはたいてい笑っているし、いつもリラックスしているように見える。
呼びつけて放っておくと、そのへんで眠りこけていたりするくらいには、心を許している。
昔から、あまり子供っぽくはなかったなまえは、感情を隠してしまうのがどうにもうまいが、俺やモクバはそれを見抜くことが出来る。
環境に不安があるとは、やはり思えない。
なにか、あるはずだ。
俺を真っ先に選ぶことが出来ない理由が、あるはずなのだ。
考えるよりも、なまえから問いただす方が早い。
なまえのことを「姉サマ」と慕うモクバは喜んでいたが、先日の「婚約者」発言を聞き流すことは流石に出来ないだろう。
なまえのスケジュール的にも、そろそろだろうか。
考えていると、ちょうど電話がなる。
このコール音はなまえからである。

「う、」

出るなり、何故か言葉に詰まって、しばらく意味のわからん沈黙が流れた。

「何故そうなる」
「まさか1コールと半分で出ると思ってなかったから……、うん、それはいいんだけど、ちょっと聞きたいことがあって、少し話したいんだけれど時間とか」
「つまらんことを気にするな、今でいい」
「……そう? じゃあ、今」

受話器越しに、少し困っている気配がした。
大方大して話すことが決まらないまま電話をしたのだろう。
それがわかっても、俺はこいつと話をすることを無駄だとは、やはり思えなかった。

「モクバが見せてくれたんだけど、えーと、あの
、あー……」

黙っていることはよくあるが、こうして言い淀むのは珍しい。

「……」
「んー……なんていうか……あれ、さあ」
「……婚約の件か」
「そうそれ! そうそう、うん、そう、それ、なんだ、け、ど……」

おそらくなまえは理解している。
なまえが何を問おうとも、俺はおそらくなまえの納得のいく答えを言うことはできないだろうし、その逆もまたしかり。
なまえは俺の納得のいく手札を持っているわけではない。
持っていたとしても、言う気はないのだ。
故になまえも、俺に無理に何かをしゃべらせようとはしない。
なまえに、気はなくとも、残念ながら俺はおとなしく待っていてやろうとは考えていない。
今この瞬間だってごちゃごちゃ考えながらも、一体どうやったらなまえは俺だけのものとなるのかを考えている。
最近は少し、敵が増えた。

「あー……やっぱり、いいや。またどうしても言いたいことが出来たら電話する」
「……」

そう言い出す事ははじめから予測していた。
はじめから成立しない話のことなどどうでもいいことだ。問題はここからである。

「ごめんね、せっかく時間もらったけど。これ」
「まだ貴様の持ち時間は5分ある」
「ん?」
「……」
「あー、その、今日は、ちょっと豪華なお弁当を作ってね」

声を聞くのは久しぶりだった。
暗にもう少し話でもしていろと言ったら、他愛のないような最近の出来事を話し始める。
その弁当はほとんど凡骨に食われたのだとか、思いの外好評であったこととか、最近観た映画がよかったという、感想。
5分間話を続けて、なまえは安心した様に息を吐く。
何を確認して安心したのかは知らないが、これで無駄ではなくなった。
俺は休憩時間を有意義に過ごしたし、なまえはなまえで少しでも安心したのなら。

「今度、お弁当差し入れに行くから」
「ああ」
「じゃあ、また。身体壊さないようにね」
「……なまえ」
「ん?」
「いや。折を見て必ず、この話は直接する」
「んん。そうだね。それがいい」

この話は婚約の話であっている。
そこまでは俺たちの認識は同じだと断言出来る。
が、おそらくその先のことは同じではないのだ。
なまえは勝手に婚約の発表をしたことを怒ったりはしなかったが、プロポーズが画面越しというのも無い話である。
折を見て、必ず。
深く言及しなかったこの件について、なまえから言質を取らなければならない。
なまえは俺のすること全てを許すのだろうが、俺はなまえが他の人間のものになるのを許す気はない。
ぷつ、と途切れた回線の音を聞いて、数秒思案した後に、何事も無かったかのように仕事に戻った。
電話が来る前よりも、効率があがっている。
なまえが何に囚われていようが関係ない。
俺には、あいつでなければならないのだから。


-----------
20160712:原作を、読まねば
 
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -