錆びついた約束01/ベクター


01---「やっと、会えた」

昔の夢を見て目が覚めた。最近、寝ても覚めてもなまえの幻想を見ている気がする。今日の夢は、二人で手合わせをしてこっぴどくやられた時の記憶だった。俺はたしかに悔しかったのだけれど、なまえはもっと苦しそうな顔をしてこちらに手を差し出していた。
バリアンをやっていた頃の俺は、一度もあいつを思い出したりしなかったのに。なんでまた、今なのだろう。
こう、何度も何度も現れられては、探してみたくなってしまう。また会いたくなる。バリアンだった頃ならば、まだ探せたかもしれないのに、今の俺はただの人間だ。
まあ。また会えるかどうか、なんて、わからないのだけれど。
俺は河原でぼうっと空を眺めてから、ただひたすらになまえを懐かしんでいた。静かにしていたってのに、小煩いやつに声をかけられる。

「あれ? ベクター。どうしたの? また悪巧み?」
「またっていうのはどういうことだ。小鳥ちゃんよォ」
「あはは、まあいいじゃない。それで、こんなところでなにしてるの?」

観月小鳥は許可もなく俺の隣に座り込んだ。もういい加減遊馬と一緒になって声をかけてこなくても、適当に馴染むからいい、と何度も言っているのだが、こいつらに見つかれば最後、必ず声をかけられる。
俺は「なんにもしてねえよ」と本当のことを言った。「なんだそうなの」と小鳥は残念そうだ。

「てっきり、ベクターもあの噂のデュエリストを探してるのかと思った」

またこいつらは、探偵ごっこに従事しているらしい。まったくご苦労なことだ。俺から言わせればやることが中途半端である。警察手帳くらい準備するべきだ。

「噂だあ? お前らはつくづくそーいうのが好きだなァ」
「いーでしょ別に。ベクターは知らない?」
「興味ねえ」
「あのね、実はね?」
「聞いてねえだろーが」
「すっごく強い、綺麗なデュエリストが出るんだって!!」

小鳥はぐ、と拳を握って楽しそうだ。綺麗なデュエリスト、という所からして最高に謎である。俺は首をかしげた。

「はァ?」
「だから、今この街で、誰彼構わずデュエルを挑む綺麗な人が居るらしいって話よ」
「なんだそりゃ」

誰彼構わず喧嘩を売るヤツが、綺麗、なんて称されるとは。よほど顔がいいのだろうか。まあ、なんにせよ不自然すぎるお話だ。

「変な話だな」
「……どこが?」

小鳥はきょとんとしている。そんなことだろうと思った。やはりやることも考えることも半端である。そんなことで探偵や刑事が務まるはずもない。

「どこがってお前、自分で話してて気付かねえのか。普通そう言う噂ってのは、美女とかイケメンだとか、男か女かわかる言い方で広まるだろうが。その話しじゃ、まるで男か女かわからねえみたいだぜ」
「言われてみれば、確かに変ね……」

そんな人間がかつて居たが。
あいつはなんでも器用にこなす奴だったから、きっと現代の決闘を教えても、きっと鬼のように強くなるに違いない。
男か女かわからない、強いヤツ。
連想せずにはいられなくって頭をかいた。

「どうかしたの? あ、やっぱりベクターが1枚噛んでるの?」
「噛んでねえよ。大体……僕がそんな辻斬りみたいなことするはずないじゃないですか。ひどいなあ小鳥さんは!」
「でもそれなら、気を付けてね。ベクターだってデュエリストなんだから」
「へーへー」
「夜とか特に被害が多いみたい。あんまり夜遊びしちゃダメだからね」
「わかったっての」
「絶対だからねー!」

お前は俺の母親かなにかか。
その場を立ち去りながら、俺はひらひらと手を振った。



気をつける、とは言ったものの。探しに出ないとは約束していない。
俺はどうにも気になって、夜の街へと繰り出すのだった。
街の雰囲気も昼とは違う。街に合わせて人々もどこか夜仕様だ。
さて、その綺麗なデュエリストと言うのは誰彼構わず襲いかかるような危ないやつらしいが、今までしてきたことが噂程度で済んでいるところを見るに、あまり派手には仕掛けてこない奴なのだろう。
俺は大通りを避けて、湿ったヤツらが好きそうな裏通りを歩きはじめる。と、早速何か揉め事のようだ。
例のデュエリストかと近付くが、デュエルをしていた形跡はない。
と言うか、その、巻いているのかくせ毛なのかわからない、全体に外にはねた紫の髪には、見覚えがありすぎた。こいつは違う。引き返そうかと思うより前に、心で思った一音が声となって出てしまっていた。

「げ」
「それはこっちのセリフだが」

かつてバリアン仲間であった、ナッシュも眉間にシワを寄せてこちらを見た。
周りには呻く男達が倒れている。喧嘩でも売られて殴り飛ばしたのだろう。馬鹿なヤツらだ。

「ナッシュくん、こんなところでなにやってんの? メラグと喧嘩かァ?」
「ちげーよ。お前こそこんな時間になにやってんだ」
「なんだっていいだろうが」

意図せずして、俺とナッシュは同時に歩き出した。路地の奥、さらに暗い部分へ足を踏み出す。

「当ててやろうか」
「あ?」

ナッシュは得意気に言う。

「例の噂の件だろう」
「ああ?」

実際その通りだが、と言うことは、こいつもそうなんじゃねえか? ただ素直に認めるのは癪で、否定も肯定もしなかった。
ナッシュは勝手に話し出す。人の話なんかお構いなしのやつばかりだ。こいつの妹も大概そうで、揃っていないことがありがたい。

「俺は昨日、遠くからちらっとだけ見たんだが」
「逃げられたのかよ、ダッセーな」
「……今にそんな軽口は叩けなくなるぜ。と言うか、お前はある程度、そんな気がしてわざわざ探しに来たんだと思ったけどな」
「わかるように話せ」
「お前はもう少し素直になれ」
「ハァー? お前にだけは言われたくないね」
「なんだと」
「なんだよ?」

これだから、こいつと二人にされるのは相変わらず苦手だった。ここらで先に白黒つけておくべきではなかろうか。俺もナッシュもほとんど同時にデュエルディスクに手を伸ばして、そして同時に急停止した。
悲鳴が、路地を突き抜けた。

「行くぞ!」
「命令してんじゃねえよナッシュ!」

明確な位置はわからない。けれど俺は走っている間にナッシュより前に躍り出て、どうしてその道を選んだのか、と言われてもうまく説明はできない。
真っ直ぐ走って、右に曲がって、居酒屋だかスナックだかの室外機を乗り越えた。猫でも登るのを躊躇うような錆びたパイプを蹴って、スピードを一切落とさずに走り抜ける。もう悲鳴は途切れていて、はっきりした位置などわかるはずもない。それでも俺はただ走った。その角を、左に曲がる。
湿った場所であるはずなのに、そこだけ月明かりが差し込んでいた。

「よく見ろ。あれに見覚えはねえか」

線の細い、男にも女にも見えるシルエットだ。
ナッシュの言った通りに軽口は滑り出してこない。月明かりをふわりと吸い込む、淡く揺らめく髪だけでも、十分に「綺麗」と表現できてしまう。
そいつは、たった一人だけそこに佇んで、自分の手のひらを見つめていた。白い指先は積もりたての雪のようで、思わず息を飲み込んだ。
だが、周囲に転がっているデュエリストが、俺たちを正気へと連れ戻す。
一つ二つ、十より多い。
そいつがやったのだということは明確だった。
こちらの気配に気付いて、そいつはゆっくり振り向いた。

「………………」

まず、ナッシュをじいっと観察すると、視線は俺の方へと向けられる。あんまりにも懐かしくて、体の奥がぐあっと熱くなっていった。
すべての記憶が、あいつの上に重なる。
なまえ、と思わず呼びそうになるけれど、空気がうまく体から出ない。
なまえは、細い足をこちらに向けて、俺を正面に捉える。叫びだしそうなくらいの懐かしさに、体が震えて。

「…………やっと、会えた」

なまえは変わらない無邪気さで、笑った。


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20171007:何度も言うけど小鳥ちゃんとベクターの取り合わせ好きすぎる。
 
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