錆びついた約束00/ベクター
00---なまえ
俺にも、親友って奴が居た。遊馬のことじゃない。
もっとずっと昔の話で、俺が王とか王子とか呼ばれていた頃のこと。
そいつは所謂男装の麗人ってやつで、同盟国の王子として振舞っていた。よくあるだろ。跡取りがうまく生まれなくて姫様が、ってやつだ。なまえはおあつらえ向きに中性的な顔をしていたし、体つきも(そう育つように仕向けられたからということもあるが)女らしいとは言えなかった。王族にしては貧相な体ではあったのだが、なまえはただ胸を張って、そして俺とも対等だった。
親友と言うくらいだからよく交流もしたのである。
「なまえ、このあたりの国境付近、視察に行きたいのですが」
「うん、今このあたりちょっと荒れてるみたいだからね。いいと思う」
「一緒に来てくれますか?」
「もちろん」
最近どうしてか、よく、あの頃のことを思い出す。
「ベクター、これ隣国で今流行ってるお菓子」
「材料はなんでしょうか……? 我が国でも作れるといいのですが」
あの菓子の味はどんなだっただろうか。美味かった気がする。なまえも何度か、土産に持ってきたし、一緒になって作ったこともあったような。
「ねえなまえ、なまえはいつまで、王子でいるのですか?」
「次の後継が生まれるまでは、どうにかね」
「もし、その、いつか、なまえが王子の任を解かれたなら、私のところに、」
「うん?」
「………いいえ、なんにも」
ただ広いだけの草原で、そんな話をしたこともある。
「……ベクター。相変わらず王様の調子悪そうなの?」
「はい……。ですが……、ですが、なまえ、今が好機であるとは思いませんか」
俺達はいつだって、なんでも話して相談して、ほとんど半身のような存在だった。同じ志を持って光を目指して、平和と平穏と、それから一緒にいられる未来(少なくとも俺は目指してた)を目指して、全力だった。出来ることはなんだってやったし、やってもらった。
なまえ、そう、なまえは。
いつだって、俺の半身だった。
「なァ。なまえは一緒に来てくれるだろ?」
「もちろん」
なまえは、何のためらいもなく頷いた。
きっと気付いていただろう。それが俺であって、俺でなかったことに。けれど、それでもなまえは頷いたのだ。
たぶん、奴はドン・サウザンドなんかに操られたりはしていない。勘だが、確信に近い。なまえはそんなに弱くない。ただ、恐らく、ドン・サウザンドを討ち取る算段が整っていなかったから、俺のそばに居たのだろう。
あるいは、俺を一人にしないように、なーんて気持ちからかもしれない。
「なまえよお、もうお前の国はないんだぜ? いい加減その男装はいらないんじゃねえの?」
「……」
その時、なまえは珍しく俺に対して押し黙ったのを覚えている。
「女はきっと、君の覇道に邪魔だと思う」
俺はその言葉に「そうかよ」なんて答えたが、本当のところあいつに、そんなことを言わせたくはなかった。言われたくもなかった。
けれど、だからと言ってその苛立ちをうまく表現することが出来ずに、その後すぐになまえにそのへんのヤツらを何人か始末させた。少し気分はましになった(なってしまった)。
「なまえ、頼んだぜ?」
なまえが無邪気に笑ったのを、俺はよーーく、覚えている。
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20171004:乗るしかねえこのビックウェーブに! というわけでがんぱります。