花の名は、前/権現坂昇


なまえからは、いつも、花の香りがする。
花ではないかもしれないけれど、俺にはうまく表現出来なくて、花の香り(のようなもの)であるとしか言えない。
不思議なもので、夏には爽やかな抜けるような匂いをさせているし、秋になれば森の奥のような、深い紅葉を思わせる香りをさせている。
髪の隙間から衣服から、ふと、香るのである。

「何か、付けているのか?」

あんまりにも匂いが気になって、そう聞いてみたことがある。なまえはきょとんと俺を見上げて首を振った。「もしかしてクサイ?」なんて心配していたので、「そんなことはない」と答えた。「本当かなあ」と自分の服の裾を鼻のあたりに持って行ってすんすんと匂いを嗅いでいた。結局何故そんなことを言われたのかわからなかったようで、なまえは首を捻っていた。
その時、季節は春で、咲いたばかりの花のような匂いがしていたのである。

「すまない、気のせいだ」
「そうなの? ならいいけど」

もっと聞いてみてもよかったのだけれど、なんとなく自分で暴きたくなって黙っておいた。黙っておいたのだけれど、どこか甘い香りを漂わせる冬を超えても、なまえの香りについて知ることは出来なかった。
発想力と推理力が足らないのだろうか。
今日もなまえのことを大して知ることが出来なくて、残念なような安心したような気持ちのまま帰路につく。ちなみに、遊矢と柚子はなにか用事があるとかで走って帰ってしまった。
ザアザアと、今日は昼から雨が降っていて、こんな中を走っては危ないぞ、と俺は言ったが奴らに届いたかどうかは謎であった。

「む、」

廊下に、見慣れた人影を発見した。窓から空を見上げていて、苦々しい顔で雨雲を睨んでいる。

「どうかしたのか」

なまえはビクリと震えてこちらを見た。「ああ権現坂くん」参ったな、と言うようにへらりと笑って「カサ、忘れちゃって」と肩を竦めた。
珍しいこともあるものだ。他の誰かに貸したりしている姿はよく見るけれど、忘れて困っているだなんて。
なまえのすぐ側まで近付くと、やはりなにか、ふわりと草花の香りがした。

「そうか……それは……」
「止まないかなーって思ってるんだけど止みそうにないから、そろそろダッシュで帰ろうかどうしようか迷ってたところ」
「……お前がよければ」
「うん?」
「俺が送る、が………」

なまえは、何を言われているのか理解し終えるのとほとんど同じに、ぱっと顔を輝かせた。

「ほんとに!? 助かる!! ありがとう!!」

言い出しておいてなんだが、こういう反応は、許されている、という気がして安心する。なまえが何かを強く拒否する、なんて場面も珍しいが、その分、こうして手放しに喜ぶことも少ないのである。
「……帰るか?」「うん。お願いします」外は相変わらずにザアザアとうるさくて、しばらく止んでくれそうにない。
それどころか外に出る直前、一層雨が強くなった。一人きりだったら思わずため息でも出るところだが、雨があんまりにも露骨なものだから、俺となまえは目を見合わせて小さく笑った。



同じ傘に入る、と言うのは思ったよりも気恥しい。歩いているなまえが濡れないようにと傘を寄せるが、その度になまえは「ごめんね」と距離を詰めて申し訳なさそうにする。それがどうにもいたたまれずこちらも申し訳なくなる。「構わない」と言うのだが、なまえにどこまで伝わっているのか、俺は知ることが出来ない。

「それにしても、今日は寝坊でもしたのか」
「いやー、してないよ。天気予報も見てた」
「……ますますらしくないな」
「うーん、実は、カサ、持ってきたんだけどね」
「盗まれたのか!?」
「どうだろ。間違って持ってかれちゃっただけかもしれないし」
「なんて非道な!」
「まあまあ。でね、いつ雨が降ってもちゃんと帰れるように折りたたみ傘も持ち歩いていたんだけど……」
「まさかそれも」
「それはね、柚子に貸しちゃって」
「そうか、それは、災難だったな」
「あはは、いやー、間が悪い日もあるもんだねー」

なまえは一人でからからと笑う。
あんまりにも乾いているから、外の湿気と相まって、このあたりだけやけに心地良い。
「でも、ラッキーだったよ」この上なまえは、そんな上向きな言葉をこちらへ投げて来る。「こんな目に遭ってもか」なまえは首をゆるく左右に振って見せた。

「権現坂くんとこんなにゆっくり話す機会そうないから、ラッキーだよ」

動揺したのを、不動の精神でどうにか隠す。

「……期待してもらって悪いが、大して面白い話はできんぞ」
「あー、それは私も。送ってもらってありがたいけれどそんなに面白い話はできないかも」
「バカを言うな。なまえは」

いつだって明るい、などと言ったら、いつだって視界に入れて追いかけていることを気付かれてしまいそうで口を噤んだ。

「……、十分、面白いと思うが」
「ははは、それならよかった」

なまえはただ愉快そうに続ける。

「そうだ。迷惑かけついでに、良かったら家でお茶でも飲んで行って」

思わず一瞬足が止まる。
いや、それは。
ああ、しかし。

「お茶菓子も出すし、あ、デッキ見てほしいかも」

断る理由が見つからなかった。


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20171011:思う存分権ちゃんを書く機会とかください(:3_ヽ)_
 
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