→happy(03)/ベクター


器用が過ぎて(あるいは不器用なあまり)なまえの考えていることがわかりずらい。
あまりに難解だから、つい、これでいいかと妥協してしまいそうになる。いや、実の所、それが妥協であるのかもよくわかってはいないのだけど。
なまえは、キッチンで何やら作業をしながら、リビングの俺に声をかけてくる。テレビからは当たり障りの無い音が漏れて、昼過ぎのどこか呑気な日差しはあたたかく部屋に射し込む。

「晩御飯なにか食べたいものある?」
「あー……、中華」
「いいね、エビチリとか麻婆豆腐とか?」
「いや? そうじゃねえな……」

本当はなんでもいいしなんだって上手く作るのだけれど、和風か洋風かで言われれば中華の気分ではある。ただ、なまえが挙げた料理ではいまいちピンと来ない。
ソファにどろりと沈みながら考えていると、網戸を越えてレースのカーテンをくぐって、風がひやりと肌を撫でた。
そうだ、辛いもの、ではなくて。

「冷やし中華」
「なるほどね」

それは日本料理である、などとは突っ込まず、なまえは冷蔵庫の中身を確認し始めた。きっと買出しに行くことになるだろう。もとよりその予定だったけれど、なにはともあれ中華麺がなければ始まらない。
なまえは上機嫌にメモを用意して足りないものを書き始める。

「もう少し涼しくなったら行こうかな。ベクターはどうする?」
「しかたがねーから荷物持ちでもしてやるよ」
「ありがとう、今日は卵が安い」

おひとり様一パックってやつだね。となまえは笑って、どうやらもう買い物メモは書き終わったらしかった。
なまえも一息入れるのだろう。昨日の夜に水出しした茶(名前は忘れた、緑茶っぽい色をしているが、香りは紅茶っぽい)を涼し気なグラスに入れて持ってきた。当然のように俺の分もあって、俺も当然のように受け取った。
なまえから俺の手へとグラスが渡ると、からん、と氷が滑って回る。

「……」
「……」

俺達は同じタイミングでグラスを傾けた。
初夏のような香りが少しの間口の中に残る。
出される茶一つとっても文句のつけようがない。
いや、文句を言うつもりもないが、あまりに非の打ちどころがなくて、これ以上、一つの言葉も出てこない。いや、一つは出てくる、たったひとつずっと変わらないことはある。
ただ、ひたすらに、もう、いいんじゃないかと思うのだ。

「うまい」

なまえは、満足そうに笑っていた。

「それはよかった」

その会話のすぐあとに、なまえはまたぱたぱたとキッチンに戻っていった。もっとだらだらとしていればいいのに。そんなに一生懸命世話をされてはまるで皇子かなにかのようだ。
ん? ああ、実際そうだったか。

「ベクター」

呼ばれて、くるりと振り返る。
なまえはいつでも笑っているが、なまえはこれでいいのだろうか。俺に人生を楽しめと言ったなまえは、今楽しめているだろうか。なまえを動かす原動力、それについてを考える。

「良かったらこれも。美味しいお茶には美味しいお菓子が欲しくなるよね」

やたらといい匂いがすると思ったらクッキーを焼いていたようで。きっとこれも、当たり前に美味いのだろう。
俺の微妙な気持ちが全部、ため息のような一音になってだらしなく部屋に広がっていく。

「あー……」

なまえのこれが愛でないなら、俺にはあまりに難解すぎる。


----------
20170627:買い物(に行こうと)する話
 
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -