元気になってね/遊作


「ん? どうした? なんか悩みでもあるのか? 俺が相談に乗ってやろうか?」
「黙れ」
「お前じゃない! なまえに言ったの!!!」

隣を歩くなまえを見下ろすと、なまえは少し驚いた顔をして、それからいつも通りに微笑んだ。

「ありがと、大丈夫だよ」

悩みなんかない、とは言わないなまえには、今きっと少し考えていることがあるのだろう。「人間って悩みすぎると死んだりするだろ?」とくるくると動き回るAiがいつもより目に障って、俺はそれから何も言わずに二人のやり取りを見ていた。
俺は気付けなかった。やたらと、悔しい思いをさせられている。

「……」

それからしばらく、なまえをこっそり観察していた。
言われてみれば、確かに少し元気がなさそうだった。
草薙さんの店を手伝っている姿を見ていると、確かにいつもより若干動きが鈍くて怠そうだ。口数はいつもよりも少ないし少し喋りずらそうにしている。
集中力も続いていない。大きなミスはないが無駄な動きが増えていた。
俺の近くにいる時にはそんなこともない。至っていつも通りだ。だからきっと、なまえの不調を見抜けなかった。俺の前では務めて普通で居ようとしているらしい。何故だろうか、小さくつぶやくと、Aiは「そんなこともわからないのかよ」と呆れていた。
……つまり、俺では気付けなかったというわけだ。俺の前では普通なのだから、気付きようがない。

「……あの、さっきからなんで睨んでるの」
「ああ」
「……どうかした?」
「別に。なにもない」
「そう? 睨んでない?」
「睨んではいない。観察していただけだ」
「そっか……? なんかおかしかった?」
「……」

おかしい、という程ではない。
だが。

「いつもより、やることが遅いと思って」
「え、そ、そんなに」

なまえが、じり、と半歩下がった。
心なしか空気も冷たくなった。間違えたのはすぐにわかった。
なまえは俺の真意が図りきれずに視線を泳がせる。今自分は何を言われているのか、きっとそんなことを考えている。思考が悪い方へ転ぶ前に、やや慌てて俺は言う。

「違う」
「違うの?」
「そうじゃない」
「……なら、よかっ、た?」

「ほんとに?」俺が黙っていると、なまえはそんなことを言った。
うまい言葉も浮かばなければ、どこに気を遣うべきかも不明であった。悩んだ挙句、そのまま尋ねる。

「悩みがあるのか?」
「え、ああ、さっきAiが言ってたやつ? 全然大丈夫だから、気にしないで」

そう笑うなまえはいつも通りなのに、どうにも引っかかるのである。

「……だが」
「大丈夫大丈夫。ありがと!」

誰にも話をする気は無いらしい。Aiにも草薙さんにも、俺にも話してはくれないのだろう。
あるいは、話をする必要が無いくらいの悩みなのかも知れない。本当に大したことがなくて、取るに足らないような。
それでも、そうだったとしても。何かをしてやりたいと願わずにはいられなくて。
見慣れた笑顔に手を伸ばす。
柔らかい髪に手のひらを乗せると、ぐちゃぐちゃにならない程度に滑らせた。
きょとんと見上げる目は、しばらくこうして観察することがなかった。必要がなかったからだ。なまえはいつだって、近くにいて、そうして笑っていたのだから。
けれどもしその奥になにか抱えているのなら。

「…………」

この期に及んで気の利いた言葉一つ出てこないのに
、なまえは糸が解れるみたいに笑ってみせる。

「ありがと」

元気になってほしい、そしてその理由を作るのは、いつだって俺でありたい。


------------
20170618:なんかここの日付もしばらく間違ってたかもしれないんですが……。
 
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -