はじめまして強いひと/Ai


そのアバターは静かにそこに立っていた。
凛と佇む姿は、草原に一本だけで空気を支配する大木のような穏やかさだ。人間の女の形をかたどったアバターは、このインターネットの世界を静かに見下ろしていた。
ごつくて大きいわけではない、そのアバターはあまりにも静かに凛と立っているから、自分が置かれている状況を一瞬忘れた。
思わず忘れる、なんて。
それでもスグに色々と思い出して、声を上げる。
なんでそんなことをそいつに言ったのか、まだわかっていない。ただ、草原に一本の大木が興味深くて、近づいてみたかっただけだ。今考えるとそれもおかしいんだけれど、思考はあまりに一瞬だったから、とにかくそう、俺は叫んだのである。
ハノイの騎士に追われる俺は、その時そのアバターに声をかけた。それがたった一つの確かな事実である。

「助けてくれ!」

アバターは細いシルエットをゆるりと揺らしてこちらを見た。
そいつはさして驚いた様子もなく、一瞬で身の振り方を決定したらしかった。左腕がまっすぐこちらに伸ばされる。デュエルディスクが展開する。
そうして、俺を背にして、ハノイの騎士と対峙した。
本当は、俺はそのまま姿を消さなければいけなかったんだけれど。逃げるべきであったんだけれど。あんまりにも一瞬で、データにない強さで、想像したこともない華麗さで、つい、観察し続けてしまった。
そのアバターはハノイを撃退すると、これまたゆっくり肩を上下させた。
どの感情から来た動作かはわからない。
このあたりで俺ははっとして、「逃げるべきだ」と目のみになった体をさ迷わせた。そいつの後ろをぐるぐる回って、どうしてかやけに離れ難い。
いいや、そうだ、全く礼も言えていない、だからきっと、こんなにも離れずらいのである。

「あ、ありがとな! 助かったぜ!」

ありきたりな感謝の言葉だ。
そいつはずっと振り向いたりはしなかったのに、俺が声をかけるとようやくこちらと目を合わせた。

「……君は?」
「俺は通りすがりのAIだ!」
「……まあ、いいか」
「そういうお前は?」
「私は、なまえ」
「なまえか!」

そいつは、まるで風のように微笑んだ。
こちらは素性を明かさなかったのに、躊躇いなく名乗って、名乗ったはいいが、名乗った名前は、俺の中にデータとして表示されるものと異なっていた。
俺がしきりに不思議そうにしていると、なまえは、「あ」と声を上げた。

「しまった、それ本名だ……。これだからインターネットは……。ごめん、あんまり方々で私の名前言ったりしないで貰えると有難い……」
「そんなに強いのにか? なんでもっと表に出ていかない? お前ならきっとすぐにカリスマデュエリストになれるのに」
「ええ? いいよそういうのは。現状ですごい楽しいし」
「もったいなくない?」
「もったいなくないよ。それに、表に出るのは表に出たい人だけでいい」
「ふーん、じゃあ、LINKVRAINSでなにやってたんだ?」
「なにやってたんだろうね?」
「ははーん、さては暇だったんだろ!」
「まあ、そうかな」

なまえが暇をしていたおかげで、俺は助かったというわけか。なまえはその場に足を投げ出して座り込み、俺は近くに寄ってなまえを見上げた。
「それにしても、ちょっと困ったな」なまえはあまり困っていなさそうに穏やかに続ける。

「ログ消すのとかも友達に頼まないとできなくて……でも、頼んだら中身確認されて怒られるやつだと思うんだ……どうしよ……」

どうしようかなーとぼんやりするなまえに、俺が下から声をかける。

「そんなことなら、俺がやっといてやるよ」
「え、ほんと?」
「ああ。俺は通りすがりのAIだからな。そのくらいのことなら簡単にできるんだぜ」
「んん。じゃあ頼んでおこうかな。悪いね」

礼にしては簡単なことだ。
早速始めるとなまえがビクリと震えた。メールでも来たようである。
見た目はとても玄人のようだったのに、なまえは案外機械に疎い。

「おっと、メッセージ……」

確認が終わった頃、ぱちりとこっちに意識を戻して、立ち上がって背伸びをした。

「もう行くのか?」

俺はするするともう少し高いところへ登って、なまえとの距離を縮めた。なまえは笑っていた。ハノイと戦っていた時は、どんな顔をしていたのだろうか。

「そうだね、行くよ」

なんだか、うまく、思考ができない。

「ありがとな」

言うべき言葉はきっとこれ。
でも、言いたい言葉は別にある?

「うん、元気でね」
「なまえもな」

なんだろう。ああ、そうだきっと、助けてくれた理由がわからないからだ、だからどうにも胸がざわついて。(胸がざわつく?)

「またね」

俺が声をかけるより早く、なまえはログアウトしてしまった。
なまえのログはLINKVRAINSからはなくしておいた。
どこにも察知できないだろう。SoLテクノロジー社にも、ハノイの騎士にも、どんなハッカーにだって。
知っているのは、なまえと、俺だけ。
なんだか、思考に、ノイズが入るような。

「……なんだ、これ?」

また、いつかきっと、あの人間にーーーー、


---------------------
20170614:(あいたい)
 
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -