ブラックベリー&ライム/藤木遊作


深呼吸すると、微かに香る。

「おかげで最近、よく眠れる」
「それはよかった……、でも本当は、寝る直前まで液晶画面見ているのは目に良くないんだよ……」

俺となまえはテーブルを挟んで向かい合っている。なまえはタオルをいくつか重ねて台を作って、その上に俺の左手を乗せて、ハンドマッサージを行っていた。最近どこからか習得してきた技術らしく、まず試させてほしいと俺の家に押しかけてきた。
マッサージをするにあたって、なまえがいつもつけているハンドクリームを分けてもらうのだが、それが思ったよりも体(あるいは精神?)に有効に働き、以前より眠りに入るのもスムーズで、起きる時もほんの少しだけすっきりとしている。いくら怠くても手に残っている香りを確かめると、するすると気だるさが取れていく。
なまえは呑気に俺の人さし指と親指の間をごりごりとマッサージしながら言う。「凝ってますね、お客さん」「そうか?」「自覚症状がないなら良かった」大抵楽しそうにしているが、この時間は特に楽しそうであった。
これは何の匂いなのかなまえに聞くと、ハンドクリームのパッケージを確認して、ブラックベリーとライムの香りだと教えてくれた。キツすぎない爽やかな香りが広がっている。

「なまえからもこの匂いがする」
「はは、長年のお気に入りで……」

なまえは動作だけで、左手が終わったから右手を出せと指示していた。
俺はおとなしくそれに従う。

「あ、」
「どうかしたか?」
「いや、私は良かれと思ってやってたけど、もしかしたら学校とかで遊作からこの匂いがしちゃうかもしれない……」
「……なにかまずいのか?」
「甘すぎはしないけど、ちょっと女の子っぽいかも」
「……それのどこがまずいのか三つ教えてくれ」
「ええ……?」

なまえは俺の右手の平をほぐしながら困り果てて首を振った。

「三つもないよ……、ものとしてはいいもの使ってるしあんまりベタベタもしないし……。ただ香りがちょっと女の子っぽいから、遊作が気にならないならいいんだけどって話ね……」
「それなら問題ない」
「そう……?」
「なまえは嫌なのか?」
「そんなことないけど……」
「ならいい」

なまえの気がかりな点はいまいち要領を得ず俺に伝わらなかったが、俺がこれを気に入っているのだから別にいいのだと言う意思はなまえに伝わったらしい、なまえはほっと息を吐いて、「それならよかった」と微笑んだ。
ただ、その笑顔にほんの一筋曇りが見えた気がして、なまえの気にしていることを一つでも払えれば、となんだか少し軽くなった左手でなまえの手に触れた。

「……俺にはこれで構わない理由が三つある」

なまえはゆっくりこちらを見て、視線は一直線につながった。

「一つ、俺もこの匂いを気に入っている」

なまえが少し身構えた。俺たち二人の空気が少しだけ引き締まる。

「二つ、なまえの言う通りこれはかなり質の良いもの」

学生が手にするには少し贅沢すぎるくらいに値の張るものだということは、既に調べて知っていた。なまえはこれを買う為に余計な出費は極力避けているし、効率良くものを買うことを心がけている。そんな風にして買い続けているものを俺に惜しみなく使ったりするのである。嫌であるはずがないのに。それにそう、なによりも。

「三つ、なまえと同じ匂いだ」

なまえは目を見開いて視線を泳がせる。顔を赤くした後、頭を抱えてテーブルに突っ伏した。右手のマッサージは途中だった。俺は手をそのままにしばらく待つことにする。なまえは時々こういう奇行に出る。
俺は待っている間左手を顔に寄せて、いつもの香りで満たされた。
いつもと同じ、なまえの匂いだった。


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20170609:ゆ〜さくもまあ好き……。
 
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