→happy(追憶B:end)/ベクター


なまえさんのことを語るベクターは真剣で、私は黙って隣で聞いていた。
後は、と言ったところで、ベクターは私と目を合わせて軽く笑っていた。後のことは。

「後のことは、お前らの知っての通りさ。見てただろ。惨めーにナッシュに負けた、その後の俺を」

私も見ていた。
シャークと戦うベクターの姿を。
バリアンのベクターの、その最期を。

「……うん」

許すとか許さないとか、そういうことを飛び越えて、ひたすらに綺麗だった二人のことを、私はよく覚えている。
ドン・サウザンドに飲まれそうになっていたベクターに遊馬は手を伸ばして。ベクターは遊馬を道連れになんかしなくて。

「さよならだ、遊馬くん」

遊馬の、真月くんを呼ぶ声。さよならの空気。
その全てを切り裂くように、なまえさんはまるで別の世界から来た人みたいに自由に。その舞台に駆け上っていった。
なまえさんは全力で走り込んで、一切の躊躇いなく、ベクターに向かって飛び込んだ。私たちには目もくれずに、自分のことすら顧みず、ドン・サウザンドでさえ言葉を失っていた。なまえさんは宙を漂うベクターの手を掴む。
なまえさんが無事でよかった、とか、そんな言葉は咄嗟に出てこなくて。でも、その光景は、ベクターの手を掴むなまえさんの姿は、あまりに美しかった。これ以外はありえない、と思わされる。この二人は、きっとこうあるべきなんだと、漠然と胸が高鳴った。

「今度は、一緒に行く」

声は聞こえていた。
二人はゆっくりと落ちていく。

「なまえ……」
「もう一人にしない」

どうして、なんて無粋だった。

「……揃いも揃って、バカばっかりだ」

何故、なんて愚問だった。

「今度は置いてってやらねーぞ」
「それでいいよ」

何の為に、なんて考えなくたってわかる。

「それがいいよ」

言葉を聞くと同時にベクターもなまえさんの手を握り返す。

「貴方と、一緒に戦いたい」

ドン・サウザンドに吸い込まれた二人は満足そうに微笑み合ってーー、

「素敵だった、なあ」

思い出すとため息が漏れ出す。
自分もいつか、あんな風になれるのだろうか。なまえさんは優しくて暖かくて、そして強くてかっこいい。女の私から見ても素敵だ。
そんな人の一番近くに居るというのに。

「年季が違うだろうが」

いいや、そんな人が一緒にいてくれるから、なのだろうか。ベクターはなまえさんがだれかにとられるのではと心配で仕方が無くて不満なようで、少しだけ頬を膨らませている。
確かに、なまえさんはシャークとも仲がいいし、ドン・サウザンドとの戦いが終わってからは誰とでも打ち解けている。
その中でも今は特にカイトのことが気になるのか「あの銀河野郎が」とかなんとか呟いている。

「……どうしてそんなにカイトのこと気にしてるの?」
「あいつには、弟っつー武器があるだろうが。あと親父、とあと幼馴染ポジション」

幼馴染み、はベクターも同じだと思うのだが。
しかし、話を聞いている感じだと確かに、一緒にいた時間はカイトの方が長そうだ。
そのあたりの強い弱いの判定は私には難しい。けれど心配する必要性は感じない。

「でも、二人は付き合ってるでしょ?」
「付き合ってねーよ殺すぞ」

思わず目を丸くしてベクターを凝視してしまう。
つきあっていない。
付き合っていない!?

「え、そうなの!?」
「そうだよ」
「だ、大丈夫よ。協力、はできるかわからないけど、応援してあげるから!」

確かに、なまえさんの態度は保護者そのもので、ベクターも大人しく保護されていて。でもそれは、外では恋人同士に見えないようにしているだけだと勝手に考えていた。
しかも、ベクターのこの態度を見るに、なまえさんの方にその気がないのではないか。
いや、いやいや、例えそうだとしてもなまえさんはきっとベクターのことが好きなはずだ。それは間違いない。私が手伝ったりしなくても、二人の絆は強いはずで。

「……人のことより、お前は自分の心配してろよ」
「え?」

ベクターはこれ以上、話を続ける気はないらしい。
立ち上がると軽く服についた細かい葉を払って私を見下ろすと、本当とも嘘とも取れない爽やかさで、にっと笑った。

「しかたねーから片手間に本当に思い出した時さらに気が向いたら程度ではあるが、俺はお前を応援してるんだぜ?」

わざわざ遠まわしに言う当たり、言葉は本当っぽいけれど、本当だとしたら大して応援してくれていないことになりはしないだろうか。
なんて考えるのはひねくれすぎかも知れない。

「ほ、本当に?」
「まあ、嘘でもいいんだけどな」

ベクターに応援してもらえるのは純粋に嬉しかった。ベクターは「じゃあな」と私を見下ろすのをやめて、足取り軽く歩き出す。
今からなまえさんのところへ帰って、そうして一体、何の話をするのだろうか。
長く険しい恋をしている彼は、どうやってその恋を掴むのだろう。
まったくベクターというクラスメイトは下手な女子よりも恋愛のネタに事欠かない。
もうきっと彼が振り返ることは無いけれど、その背中に声をかける。

「ありがとうベクター! また恋バナしようね! 女子会にも呼んであげるね!」
「いらねえよ!」

そうして彼は、なまえさんの家に帰っていった。
女子会、いつにしようかな。


(「あれ?出かけるの?」「おー、小鳥に呼ばれて女子会だ」「?? じょしかい???」「女子会」「……それ私は呼ばれないの?」「お前が来たら俺が何も話せねえだろうが」「え? うん? そっか?? 気をつけてね?? あ、お菓子もってく?」「それはウケそうだからもらってくわ」「まあよくわかんないけど楽しんできてね?」「もうちょっと気にしろよ」「うん?」「なんでもねえよ。行ってくるわー」「うん、行ってらっしゃい」)
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20170521:ありがとうございました! ここまで読んで頂けて嬉しいです! もし良かったら「読んだわー」とか送って下さい…。いやほんとうにありがとうございました。楽しんでいただけていたら幸いであります。
 
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