→happy(追憶B:03)/ベクター


夢を見た。悲劇の皇子の俺も、狂気の王の俺も、結局本当のことは一つも伝えられなかった。見たかった景色は一つも見られなかった。ひどい夢だ。
だが、今度はどうか、なんて考えることこそ、最凶の悪夢である。
更にあの日、サルガッソで起こったことは本当に最悪で(最高で?)、夢の続きを希望してしまった。
なまえはあの場所に、天城カイトにくっついて来たらしかった。
じっと黙って一体なにを思っていたのか。
ずっと一心に一体どこを見ていたのか。
モニター越しでは目が合うこともないし、知りえない。
俺はあの日、もうあと一歩のところで遊馬とアストラルに負けて、そりゃあもう派手に吹き飛ばされたところで、だ。

「なまえ!!? 何をしている!!」

叫んだのは、天城カイト。

「なまえ様! 何故ソンナトコロニ!!?」
「なにやってんだ!」

崩壊するサルガッソで騒々しく、俺は起き上がると同時に、時が止まったような衝撃を受ける。
どうやってここまで来たのか、いつの間に来たのか、どこかぼんやりとした目が次元の狭間の暗闇で真っ直ぐに輝く。眠気なのか別の消耗なのかふらふらとしている。それでもなまえはそこに立っていた。かつん、と砕けた小石が額に当たって、その傷から血が流れても、変わらない目がこちらを見ている。
俺と目が合うと、なまえははじめて会ったあの時みたいに、安心したように目を細めた。
(安心している場合ではない)
満足そうに口角があがる。
(笑えるような状況ではない)
怪我をしているせいで、その気高い赤色のせいで、あの高鳴りを思い出す。
状況は最悪。
あるいは、最高?

「どうしても、はじめてあった気がしないんだよ……、私はきっと、貴方のことを知っている……」

なまえはこのまま、一歩間違えば次元の狭間に飲まれて消える。こいつはそんなこと、わかっているに違いないのに、ゆっくり膝をついて、俺と目線の高さを合わせる。

「久しぶり、だよね? ベクター」

空間がひどく歪んでいた。比喩ではなく実際に。足場は崩れて、上から岩が降ってくる。

「なまえ、」

耐えられなくて手が伸びる。懐かしくてたまらない。今度は無意識ではなくて、ハッキリと意思のある、俺に向けられた言葉だった。
バリアンの姿になっていても、なまえは。
伸ばした指先がなまえに届く、その直前。
なまえは乱れ飛ぶ岩を頭に受けて大きくぐらつく。今世のこいつの特徴である意識の失いやすさも相まってなまえは俺の方に倒れ込んだ。
見たか、お前達。

「大丈夫だ。お前のことは助けてやる……」

俺はなまえを抱き上げて立ち上がる。
遠くでドルベとミザエルの声がしている。わかっている。時間が無い。遊馬とアストラルに捨て台詞の一言二言でもないと締まらねえ。何を言っても外野がうるさくて仕方が無いが、適当に受け流して腕の中の現実だけに打ち震える。なまえは望んで俺のそばに来た。
記憶が曖昧でも、なんならなくても! こいつは俺をベクターと呼んだし、まるで昔の友人に会ったみたいに、穏やかに笑って「久しぶり」と、それだけの言葉をかけに来た。
ここで、なまえを放り投げるなんて選択肢が浮上するはずもない。あいつらにはどう見えていたかわからない。「久しぶり」と言っていたのは聞こえていただろうか。
なまえもバリアンなのでは、なんて説が浮上したりしているのだろうか。もしそうなら相当に面白い。
笑いが止まらない。
バリアン世界に退きながら、俺は腕の中で眠るなまえを確認する。

「おい、ベクター。その女を連れてきてどうするつもりだ」
「うるせえなあ! ちょっと黙ってろミザエル」
「わかっているのか? 我々の目的は、」
「黙れって言ってるだろうが。その耳は飾りか!?」

ドルベとミザエルは、これ以上会話は出来ないようだとようやくこちらに声をかけてくることをやめた。

「……」

首のチェーンを手繰ると、あの指輪がかかっている。
さっさと帰って止血してやらなければならない。
丈夫なこいつの事だ。大事無いとは思うが、あのなまえと全く同じではないのである。その点を注意してやらなければならないだろう。
俺もあの時と全く同じではない。

「くひ、ひひひひ……」

面白くてたまらない。
(嬉しくてたまらない)
きっとなまえは覚えていない。
久しぶりだよね、とこちらに確認するように言ったのは、確固たる自信はないからだ。
そんな不確かなものだけで!
命すらも危ない場所にたった一人!
あんな事があったのに心配そうに俺を見て!
たった一言を確認しに来た!
見たか! こいつは! なまえなんだ!
今の今まで巧みな悪に染まることなく!
なまえはあの時の魂のまま!!
俺の願いは、届いていた!!!
かつての俺も、あの時の俺も、今の俺も願っていたこと。なまえはなまえのままで生きている!!
本当に思っていたことは伝えられなかった、辿り着きたい未来には辿り着かなかった。それでも、その願いだけは聞き届けられていた。
夢の続きは、ここにある気すら、していた。


--------------
20170512:アニメ部分は割愛…。
 
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -