→happy(追憶B:01)/ベクター


遊馬と小鳥から紹介された、なまえという女のことは、はじめて出会った時からなんとなく似ているなあとは思っていた。
名前も同じなんて嫌味かとも思ったが、あまりにも記憶の中のなまえと違っていて気にもならなかったのだ。あいつはこんなにいつもだらしなく眠そうではなかったし、気力のない奴じゃなかった。体力もあって、頭もいい。知らないことは知ろうと奔走し、手に届くことは全部やってみるような奴だった。
でもある時、公園のベンチで眠そうにしているなまえを発見してしまう。
俺は「こんなところで寝ていると風邪をひきますよ」とかなんとかと言って声をかけて、なまえはぼんやりと「ああ、真月くんか」と笑った。いつもの真月として振舞うが、近くで話をしていると、どうにもなまえそのものである気がしてきた。
雰囲気もなにもかも違うのに、言葉は全てかつてのあいつのものと同じだった。
そよそよと平和そのものという風が吹いて、足元に咲いていた黄色い花が揺れた時。

「あれは食べられるらしいよ」

なまえは唐突にそんな話しを始めたのである。
いつだか忘れたけど、図鑑で見せてもらったことがある、と。

「え、そう、なんですか?」
「確かそう。日の当たる場所ならどこでも育つし、世話も簡単な植物だよ」

俺は、それはいいことを聞きました、とか、今度試してみましょう、とか。
いろいろ考えられる返答のうち、これを選んだ。
同じ花に、同じ顔の女。
まさか、そんなはずはない。
そんなはずはないのに。

「……せっかく咲いたものを食べるのは、かわいそうでは?」
「食べられるものは、食べたくない?」

かつて、食べられるものを食べない人間の気が知れない、と笑ったなまえは、もしかして。

「……」

俺はすっかり言葉を失って、じっとなまえを見つめていた。
それを、俺がドン引きしていると勘違いしたなまえは慌てている。

「ちょ、引かないで引かないで。わかったよ。野蛮なこと言ってごめんね。やり直すからちょっと待って」
「いえ、引いていたわけでは」

やり直されても反応に困るだけだ。
なまえを止めようとするが、もう既に腕を組んで次の言葉を考えている。

「ええっと、そうだなあ」

ぶつぶつと呟く言葉の中に「でも新芽のほうが」とか「きっとやわらかい」とかそんなに懐かしいことばかり言うのはやめてくれ。間違えてしまいそうになる。なまえさん、と他人のように呼んできたのに、なまえと呼んで、そうしていろいろと言いたいことがある。聞きたいことがある。結局俺はこいつを一人にしてしまったけれど、どうしていたのか、とか、どうしてその記憶を持っているのか、とか。
俺のことを覚えているか、とか。

「とても綺麗だから、しばらくは見ているのもいいかもしれないよね。ベクター」

待て。
待て待て待て。
それはおかしいだろう。
それはない。ありえない。あってはならない。
俺は(僕は)今、真月零のはずなのに。

「ーー」

息すら止まりそうな衝撃、人間としての機能が停止しそうになる。
まるで、そうであることが当たり前みたいに、残酷なくらい自然に、なまえは俺の名前を呼んだ。
それは、俺のことだ。
たった一人、俺を指す言葉。
こいつは、いいや、まだ断定はできない。
でも。

「……? あれ、私、今、なん、て……」

なまえはそのまま、すう、と落ちるように眠ってしまった。
良かった。走って逃げてしまうところだった。
そんなに突然に核心に迫られたら、いくら機転の効きまくる俺だって、どうしていいかわからない。
俺はどんな顔をしていただろう。
頬に冷たいなにかが滑り落ちた。
そんなはずはないのだから、はやく落ち着けばいい。
このなまえが、あのなまえであるはずがない。
俺はしっかりと心を落ち着けてから、肩を揺すぶってなまえを起こした。
なまえはどうにも意識がはっきりしないようであったが。

「ごめん、ありがとう、真月くん」

と言った。


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20170510:またこっち側も6話まで書きます……。人を選ぶ夢ばっか増えて……。
 
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