→happy(追憶B:00)/ベクター


ショッピングの帰り道、河川敷を歩いていると、見慣れたオレンジ色を見つけた。そのオレンジがよく映える黒い服に身を包んでいる、私はその背中に声をかけた。

「ベクター」
「ん? 誰かと思えば小鳥じゃねーか」
「こんな所でどうしたの?」
「見てわかんねーか」

がさりとビニール袋を見せてくれたが、ネギがささっているのがどうにも面白い。「今日の晩ご飯はなに?」「麻婆豆腐だと」なまえさんからメールが来ていて、もし暇なら頼むと言われたらしい。
どうせなら、素直に買い物をするベクターを見てみたかったけれど、それを言ったら怒られそうだ。
隣に並ぶと、「お前は」と聞かれたので「ショッピングよ」と答えた。

「女は好きだな、そういうの」
「うん。なまえさんとは行かないの?」
「あいつは、誰かと一緒だと気が散るとか言ってたぜ。付き合うのはいいけど付き合わすのは苦手なんだと」
「あはは、なまえさんらしい」
「昔からそういう奴だったよ」

昔から。
私たちの付き合いはそう長くないはずだが、彼の言う昔、とは皇子だった頃の話なのだろうか。
私には知りえない二人の様子は、機会がある度聞いている。この前は、みょうじなまえは昔から食意地の張ったヤツであった、ということを楽しそうに話してくれた。
ぽつりぽつりと話してくれる内容は、全部が全部キラキラしている。
今日もなにか昔の二人について聞きたいと思ったけれど、ふと、彼が真月零であった時のことについて気になった。

「そういえばベクターは、っていうか真月くんは、なまえさんのことずっと、その、昔一緒に居たなまえさんだってわかってたの?」

ベクターは、この手の話題を茶化さない。なまえさんの存在はかなり大きなものらしく、また、私や遊馬には話しても良いと思ってくれているようで、私の素朴な疑問にすんなりと答えをくれた。

「いや、はじめはよく似た別人だと思ってた。あんな眠そうな奴じゃなかったからなァ」

確かに、本当によく眠る人だった。公園で見かけるとうとうとしていたり、デュエルは強い(と思う)のに途中で寝落ちして不戦敗になったり、カイトに引きずられているところも何度か見た。
軽く心配になるくらいに、眠そうで無気力で、実際寝ている人だった。
今は、元気にカイトのところで異世界の研究を手伝ったりしているようだ。見かけるあの人は前にも増してにこやかで、別人のように活動的になっている。
今までできなかった分をやっているのだろう、とはカイトの分析である。しかし私は、そのカイトの横顔が寂しそうであったことを見逃していない。ベクターが感じたなまえさんだけどなまえさんではない、という感覚を、今まさにカイトが感じているのだろう。
とにかく纏う雰囲気が全く違ったのだ、とベクターは語った。

「今のなまえさんは、ベクターがよく知ってるなまえさん?」

どうだかねえ、とベクターはどこか遠くを見つめている。

「厳密にはちょっとずつ違うが……」
「それでも、なまえさんはなまえさん?」
「そういうこったな。だが、眠そうにしてた時のあいつも、いざ話してみればビックリするほどあいつだったぜ。言動とかはまんまだった」
「それでそれで? いつからなまえさんだって確信できたの?」
「それを聞くのか?」
「え、なんでよ? だめ?」
「ここまで話せばわかると思ってたが……」

ベクターは河川敷をぐるりと見渡した。
私も同じようにする。
特に何があるわけでもない、ほどほどに草が手入れされて、その向こうには川がある。

「ちょうどこの辺だったか? 遊馬がぶつかって吹っ飛ばしたとかで探しただろうが」

そこまで言われてようやく思い出す。

「ああー! なまえさんの指輪?」
「ピンポーン! 大正解だ! ようやく思い出したかよ」

この河川敷をこうして歩いていて、遊馬と私と、それからなまえさんが居て。細かい経緯は覚えていないけれど、遊馬と私が勢いでなまえさんを土手に転がしてしまったのだ。なまえさんに怪我はなくて「気にしなくていいよ」と笑っていたんだけれど、次の瞬間さっと顔色が青くなったのはよく覚えている。
生まれた時から持っていた指輪がない、と見たことのない青い顔をして、そのまま一人で土手の草をかき分け始めた。
私も遊馬も手伝って、真月くん、鉄男くんや委員長、キャットちゃんも呼んで手伝ってもらって、そのうち璃緒さんたちが通りかかって、遅いからと言って様子を見に来たカイトとオービタルも手を泥だらけにしながら探し始めて、大捜索隊が結成された。
確か、あれを見つけたのは、真月くんだった。

「そっか。あの時」

そしてその後すぐくらいだろうか。真月くんはベクターの分身だったとわかって。

「じゃあ、サルガッソでなまえさんを攫ったのは、やっぱり巻き込みたくなかったから?」
「いや、あれは……」
「真月くんってなまえさんを避けてたじゃない? あれはどうしてなの?」
「お前は鋭いのか鈍いのかどっちなんだ」
「え? 何の話?」

ベクターはがりがりと頭を掻いて、土手にどさりと座り込んだ。

「わーったわーった。仕方無えから順を追って話してやるよ」
「ほんと!?」

私も隣に座って膝を抱える。

「ただし、あんまり他の奴らにペラペラしゃべるんじゃねえぞ! 特に天城カイト! あいつにだけは絶対に話すな」
「カイト……? ああ、カイトもなまえさんのことが好きだから?」
「もとか言うな。俺とあいつじゃ年季が違うだろうが」

ひどく嫌そうにしているが、私には一体なにを心配することがあるのかわからない。なまえさんだってベクターのことを大切に思っているに違いないのに(でもきっとこれを指摘すると「当然だろうが」と彼は言う)。
少し気にしすぎだと思うけれど、新しい話が聞けることが嬉しくて、ただ笑顔で頷いておく。

「うん、わかった!」

こいつ本当にわかったのか。そんな表情を隠しもせずに、それでもベクターはゆっくりと話し始める。
まるで夢のような二人の話。


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20170510:小鳥ちゃんとベクターの取り合わせ可愛すぎない?????
 
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