青の侵略(1)/海馬瀬人


いつ覚悟したかと言われたら、やはりあの時だろうか。
まだ子供と言えるような年齢だけれど、それよりももっともっと幼い頃に、あるひとりの男の子が、私のことをこう呼んだのだ。

「姉サマ!」

そうそう、ちょうどこんな感じ。
その当時の私はそれを違うと振り切ることも、そんなふうに呼ばないで欲しいと頼むことも出来ず。
少しだけ嬉しいとさえ感じていたのだ。
それは今でも同じなのだけれど、私の理解は甘かった。海馬モクバに「姉」と呼ばれるということは、彼の兄である海馬瀬人とどういう関係に見られるか、1会社の社長副社長ともなれば、ただの愛称、では済まされない。

「これこれ! 見て欲しいものがあってきたんだ! 姉サマはきっと見てないと思ってさ」
「うん? なにそれ。なにか録画してあるの?」
「そうなんだよ、この前記者に姉サマのことを聞かれた時に、兄サマが!!」
「……ん?」

家に遊びに来たモクバは満面の笑みだけれど、私には嫌な予感しか湧き上がってこない。
またあのぶっとんだ青眼バカは、なにか余計なことでも言ったのだろうか。
モクバはわくわくとした様子で持参してきたDVDプレーヤーを起動し、それを私に見せてくれる。記者に囲まれる瀬人とモクバ、それに磯野さん。
一人のキャスターが瀬人に詰め寄る。

「噂されている方とのご関係は!!?」

噂されている方、とは遠まわしに言ったものだが私のことで、モクバはと言えば相変わらず楽しそうに「ここからだよ!」と笑っている。
画面の中の瀬人はさして顔色も変えずに、ただの一言で報道陣を黙らせる。
あまり聞きたくはないが、隣のモクバが楽しそうであることだけが救いだった。

「婚約者だ」

ぽつり。
その、言葉の破壊力は計り知れず。
私は頭を抱えて、その場に蹲った。これ私の方にも絶対メディア来るだろうなあ。

「ね!? 俺嬉しくてさあ!」
「そうかあ、よかったねえ」
「何言ってんだよ! 姉サマのことだろ!」
「うん、そう、だよねえ、きっと」
「…………もしかして、嫌なのか?」
「嫌、っていうか、このタイミングかあ。みたいな」
「どーいうこと?」
「悪目立ちするかもなあってこと」
「そっか……、姉サマのとこにも記者が来るかもしれないもんな……」

まあ、そういことにしておく。
実際のところどうなのかという話をするなら、私と彼ら兄弟が幼なじみで、彼らが特別大切であるというのは事実だ。
そこは否定のしようがないくらいに、事実ではある。けれどだ。
恋愛感情であり、結婚まで考えているかと言われれば残念ながら否と言わざるを得ない。
嫌いではない。
彼らが好きだ。きっと愛ですらある。けれど、私はその言葉を手放しに喜べるほど単純でもない。
しかも、私が彼らと一緒にいた理由は、ほとんどモクバがいたからだった。

「姉サマ……? なんかビミョーな顔してるぜ?」

彼の姉でありたいと思う。
しかし、それはつまり、あ、いや。海馬家に養子にしてもらって、海馬なまえになるという手もある。
そうしたのなら、私はモクバの姉でいられる。
が。
そんなことを、彼らに言えるはずもない。
私はこのニュースを見ていないが、モクバが今日私に見せに来たことは把握しているだろう。
だから、そんな話は知らないことにして養子にしてなんて頼むこともできない。
モクバを介して交渉してもらおうにも、モクバは婚約の話(そんな話はされた覚えもないが)を喜んでいる。
やっぱり頼むことは出来ない。
磯野さんという手もあるがあの人にはこれ以上重圧をかけたくはない。本人は圧と思っていない可能性があるが、私は嫌だ。
ビミョーな顔もしたくなる。

「いや、今の言葉で現国の宿題思い出しただけだよ」
「なあんだ、そんなこと! てっきり、兄サマと結婚するのが嫌なのかと思ったぜ!」

嫌、とまでは行かない。
が、気が進むかと言われればそうでもない。
この微妙な気持ちを彼らにぶつけることが失礼だろうし、その根拠を、私は今話すことができない。
だから、まあ、詳しい話は瀬人と一対一で話すことにしよう。
朗らかに笑うモクバの頭をなでて、私も笑う。
覚悟はしていたことだ。
だからいい。
モクバが、私を「姉サマ」と呼んだその日から、私はこの子をまもらなければと思ったし、彼の兄と一緒にそばにいてあげようと誓ったのだ。
なんて。
そんな、恩着せがましい話でもなくて。
悪くないと思ってる。
最善であるかはわからない、そうしたいとも思わないけれど。
瀬人が、私を婚約者だというのなら、それもいい。
それも本心だ。
私は彼らを愛している。
だから、正直その後の私がどうなろうと、どうだっていいことなのである。
彼らが幸せで、私が彼らに縛られないのなら。
もう縛られている、かもしれないが。
割合自由にやっているから、私はとてもいい生活をしていると思う。
何もかも、持っているように見えるだろう。

「嫌じゃないよ。嫌じゃない」

言い聞かせるような言葉だった。
なぜこんな言葉になるのかは、なにがひっかかっているのかは。
まだ言えないのだ。
その話をしようと思うのなら、私は三千年も前のことを思い出さなければならなくなる。
くだらないような前世だ。
何かを成そうといろいろしたけど、結局何も成すことは叶わなかった、たまらなく愚かな前世の話。
さらに愚かなことに、そんな前世にまだ引きずられているというのだから、まったくもって、話にならないお話だ。


-----
20160702:かいばくん、かっこいい。もくばくん、かわいい。
 
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -