→happy(追憶:6)/ベクター


なまえはまるで本でも読み聞かせるように、まるで他人事のようにその話を終えたのだった。

「私は最初から最後まで、私を守っていただけ、でね」

俺はただ、どんな言葉をかけてやれるか探している。なまえは「こんなところかなあ。彼がバリアンになってからのこととか、真月零だった頃のことは、あまりよく知らないんだよね」などとカップの中身を飲み干した。
わかったことは、なまえは俺が思っていたよりもずっと、ベクターとのつながりを大切にしているということだった。
ドン・サウザンドがいなくなってからは、体も軽いし記憶も戻って、肉弾戦でその辺にたむろしている悪漢などには絶対に負けることがないだろう、と笑っていた。頼もしい限りではあるのだが、それは間違いなく、俺の知らないなまえであった。
俺がかける言葉に困っていると、なまえはちらりと時計を確認して、「戻るね」と去っていった。
俺もすぐに戻ったが、いまいち調べ物に身が入らない。
自分がどうしたいと思っているのかを少しだけ考える。そもそも何に悩んでいるかというところが不明瞭だ。
休憩の多い一日だった。
遅れは明日以降取り戻すことにする。今日は調子を戻すのを諦めて、窓から外を眺めていた。
と、今、一番見たくないものを見つけてしまう。
敷地内をふらふらと歩く、オレンジ色の髪。
なまえを迎えにでも来たのだろう。

「……」

放っておいても害はないだろうが、数秒考えた末声をかける。

「おい」
「!」

ベクターはば、とこちらを見上げて、至極興味がなさそうに「よう」とだけ言った。

「なまえは?」

本当に興味も関心もないようで、首に片手を添えて退屈そうにそれだけ問う。俺はいろいろと聞きたいことがあるような気がして、「少し待て」とベクターをその場に待たせた後、同じ階に降りてベクターの正面に立った。
ベクターは首を傾げて、きょろきょろと周りを見回した。なまえが仕事を終えて出てくるのは、きっともう少し後になる。当然ベクターは目当てのものを発見できず、仕方なしと俺と目を合わせた。

「……なんだ? 何か用かよ?」

何か用かと言われれば、明確なところは自分でもわからない。ただ、昼頃聞いた話について、この男はどう思っているのか聞いてみたい気もした。

「なまえから、あの指輪について、いや、お前たちについての話を聞いた」
「あ? あー、そうか。まああいつは聞かれればなんでも話す奴だよ。それで? なまえの話でわからねえところでもあったかよ」
「いや……」
「? なんなんだ、ハッキリしねえなあ」

ベクターの指には指輪が付いていたりはしないし、首にも指輪がかかっているのは見たことがない。だが、どうしてだが気になって仕方がないことがある。

「お前も、揃いのものを持っているんじゃないのか」

ベクターはきょとんと目を丸くして、呆れたように息を吐いた。

「そんなことが聞きたいのか?」

そんなことと言うが、大事なことのように思えた。例えばその指輪が、いつかなまえの指に嵌ったら、と思うと、どうにも心が落ち着かない。対で持っているのだとしたら、そう考えると今まで通りになまえに接することができなくなりそうだった。
俺は心のままに頷いた。

「ああ」

俺の返事が、どうにもこの男にとって予想外であったらしく、居心地が悪そうに頭を掻いている。

「……どーしても、聞きたいってか?」

話したくなさそうではある。だが、どうしても聞きたいかと言われれば俺はもう一度頷くしかない。同じように「ああ」と答えてやると、ベクターは表情を変えずに、勢いのある冷たい息を吐き出した。
前までのこいつならば適当な嘘を言ったのだろうか。今から言う言葉も果たして本当かどうか、俺にそれを確かめる術はないけれど、それでもやはり、重要なことである気がした。

「そこまで言うなら仕方ない。話してやるからありがたく思いやがれ。とは言うが、あれには、お前が思ってるような深い意味はねえよ」
「どういう意味だ」
「対で作らせたもんじゃねえってことだなァ」

つまり、ベクターは揃いのものを持っているわけではない。加えて、指輪を贈ったことに、深い意味はない? つまらなそうに軽く笑みを浮かべて言うが、そんなはずはない。大して意味のないものに、わざわざ名前を彫ったりはしないはずで、なまえも、意味のないものを後生大切に持っていたりはしないはずなのだ。
なにより、俺が思っているような意味、とは?
俺は思わず、一歩ベクターに詰め寄った。

「なに? なんだそれは」
「なんだもなにもそのまんまだろうが」
「意味がわからん」
「あ?」
「もっとわかりやすく説明しろ」
「説明してるだろうがよわかんねー奴だな」
「今のどれが説明だ」
「全部だよ全部! そもそもお前の質問は、揃いの指輪を持ってるかどうかだったろうが! 答えは持ってねーですよ、とプラス大サービスでそんなに大層な、お前が気にするような意味がねえことも説明してやっただろうが!! 別に意味が欲しければくれてやるんだがな! 現時点では、ねえよ、っつー話だろうが! もういいか!? わかったな!!?」
「俺が気にするようなこととはなんだ……?」

これ以上、理性的な話はさせてもらえなそうだと諦めかけたが、ベクターの言い草がどうにもひっかかって、とうとう気になった部分を反芻する。俺は確かに異常なくらいこの件について関心があって、そしていまいち自分がどうしてここまで気にしているのかわからないでいるのだが。この男は、全てわかっているような口ぶりで話をする。
わかっているからこそ、俺の質問に答え辛そうにしたのだろうか。細かいところを答えないのは、それを知られることがこの男にとって都合が悪いことだから、だろうか。

「おいおいまさか、自覚なしってか?」
「自覚? 自覚とはなんのことだ」
「おっと、これ以上はいくら俺様でもサービスしかねるねえ。適当に悩んでできることなら自滅してくれや」
「一体何を言っている」
「いってえよ、服を掴むな!」
「何の話か言え」
「離せ銀河野郎」
「なに?」
「なんだァ?」

ベクターはこちらを掴んでいないが、今にもこちらに掴みかかってきそうな形相であった。
いつデュエルが始まってもおかしくなかった。
回避できたのは、一人の女が物怖じせずに、この空気に割って入ってきたからである。

「……珍しい取り合わせだなあと思ったら、なんだか険悪だね……?」

俺とベクターは揃ってそちらを見ると、なまえはどこか申し訳なさそうに笑っていた。
助かった、のはどちらであったか。ベクターは持ち前の切り替えの早さで、飛びつくようになまえの方へ行ってしまう。
俺に掴まれて寄っていた服を直しながら、驚くほど自然な変わり身であった。

「あ、お疲れ様ですなまえさん! 帰りましょう! 今! すぐに! さあ! はやく!!」
「え、何か、話をしてたんじゃ……? あれだったら私もうちょっと中で作業していようか?」
「余計な気を回すんじゃねえよ……。見てたならわかるだろ、もう俺が話すことはねえ」
「そう……? カイトは……?」

なまえは、どうどうとベクターを窘めながら、ちらりとこちらを一瞥するのであった。
俺は、まだ聞いていないことがあるのだが、なまえの影からこちらをぎちりと睨むベクターを見ていると、これ以上奴から情報を引き出すことは不可能であるような気がした。
自覚がない。
俺が気にしている。
ベクターの言葉が視界にちらちらと入り込んでとても邪魔だ。

「……俺も、今日のところは、もういい」

よし帰るか、とベクターは俺の言葉を聞くなりなまえの腕を引いていく。
そうやってなまえの手を引くのは、俺の役目であったのに。
なまえはいまいち状況を飲み込めていないようだが、こちらを振り返り、いつも通りににこりと笑った。

「また明日」

そうして手を振るなまえに安心して、けれど視線がはずれるとすぐに胸がざわつきだす。
ベクターの言葉もなまえのすべても、煩わしくて堪らない。面倒で捨てたくて仕方がないのに、はっきりとわからない強い気持ちばかりが先行する。そこにあるもの全てを暴いてしまいたい。
そうして俺が得るものはなんだろうか。
俺はただ、なまえが手を振っているから、それに手を上げて返すだけ。

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20170509:カイトかわいいよね〜
 
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