→happy(追憶:2)/ベクター


綺麗な天井をぼんやりと見ながら、身体中に血液が流れるのを感じていた。

「生きてる」

目がさめた時、真っ先に口から出たのはその四つの音であった。いきてる。
そうして、覚醒するとすぐに、あの皇子がまた泣きそうな顔をして顔を覗き込んで来た。

「体は痛みませんか? なにか食べますか? それとも、なにか飲み物を持って来させましょうか?」
「……お、」
「なんですか!?」
「落ち着いて下さい。皇子」
「え、ああ、ご、ごめんなさい。つい嬉しくなってしまって。もう、起きないんじゃないかと思ったから」
「大丈夫、元気ですよ」

身体中痛むが、どうしてかこの皇子の困り顔は見たくなくて、慣れない笑顔を作ってみせた。
元気である、は嘘であるが、その言葉は皇子を落ち着けるには十分であったらしく、皇子もまた大きく肩を上下させた。彼の姿を確認する。怪我はやはり、なさそうである。我ながらとんでもないことをしたものだ。

「それでその、ならば、どうしても聞きたいことがあるのです」
「なんなりと」
「貴女の、名前は?」
「……私の名前ですか?」
「はい。兵士に聞いても、貴女の名前は知らないと。あ、私はベクターと言います」
「それは、知っていますが」

ベクター、様はにこりと笑う。
私もつられて、肩の力がふっと抜ける。
名前を名乗るのも、随分と久しぶりだった。

「私は、なまえと言います」
「なまえ! 良い名前です!」

傷は、主に王妃様の従者により手厚く看護され、自由に歩き回れるまで回復した。
王とは、すれ違うたびに舌打ちをされるも、その程度で傷めるような心は持っていない。
私は、ベクター様と王妃様の達ての希望を受けて、ベクター様を守るものとして城に迎えられた。
謀反の件は、少し調べたら全くの無罪であることがわかったらしい。
馬鹿馬鹿しすぎてかける言葉もなかったが、ベクター様の嬉しそうな顔を見ていたら「それはなによりでございました」と言う他なかったのであった。

「なまえ! 見て、中庭でこっそり育てていた植物に花が咲いたんですよ!」
「そうですか。なんと言う花です?」
「この花ではありませんか? 色も形もよく似ている」

庭の隅に咲いた黄色の花を囲んで、図鑑を広げている。
私は残念ながら、その文字をほとんど読むことができないのだけれど。

「城の外にはたくさん咲いていましたか?」
「ああ、どうでしたかね……、残念ながら花を愛でる習慣がなかったもので、誰か別の者に確認してきましょうか?」
「いや、いいのです。そうですか。それならいつか、共に探しに行きましょう」
「ええ。その花は、本来どこに咲くものだと書いてあるのですか」
「日当たりの良い、暖かい場所ならどこでも咲くとあります。きっとたくさん見つけられますね!」
「それは楽しみですね。ところで、その図鑑、右端の方に食用とある気がするのですが」
「食べるのですか!?」
「私としましては食べられるものを食べない者の気がしれませんが……」
「折角咲いたものを食べたらかわいそうでは」
「新芽の内がやわらかくておいしいですよ、きっと」
「そんなに食べたいのですか」
「いや……、ベクター様が一生懸命育てていらっしゃったのを知っていますから、よほどのことがない限り食べたりはいたしませんが……」
「本当に?」
「それに、一本食べても仕方がありませんよ。種になったらもっと増える」
「やはり食べるのですね……」
「そこまで仰られるのなら断腸の思いで諦めます」

どちらかと言えば友人のようであった。
姉のようでもあったかも知れない。
ただ、私には圧倒的に教養が足りていなくて、業務の合間に書庫に篭って勉強していた。皇子は時折私の様子を見に来ては簡単な質問に答えてくれたりもした。おかげでとても捗った。
その逆もあった。兵法の勉強などは私も手伝ったし、メイドの真似事のようなこともした。料理を覚えて練習を重ねて、夜食を作って持っていったこともある。また、人が足らなければ兵士として戦場へ出ることもあった。王妃もベクター様も大層渋っていたが、民の命の話になれば、二人とも首を横に振ることはできない。まあ、それはいい。元々そういう生活をしていたのだから。
ええっと、それから、こっそりと例の花をお茶にしたら感動されたこともある。バレたら怒るかと思ったがベクター様は寛大であった。

「ベクター様、今日の甘味は自信作ですよ」
「なまえ、」

私が随分城にも馴染んで、すっかり城での生活にも慣れた頃。いつものように新作の菓子を差し入れに行くと、ベクター様は少し寂しそうに顔を上げた。
理由はわからなかったが、邪魔をしただろうかと下がろうとする。

「? 甘味の気分ではなかったですかね」
「そうではないのです。なまえ、その、名前のことなのですが」

そうではない。その言葉にベクター様の自室に留まった。
ベクター様の名前について。名前について?

「なまえには、そうやって畏まって呼んで欲しくないのです。二人の時だけでもいいから、普通に、なまえが仲の良い侍女にするように、接してくれませんか。なまえとは、主従のような関係ではなくて、その」
「……」
「無理にとは言いません。これは命令なんかじゃなくて、なんと言えばいいか、わからないけれど……難しいでしょうか……?」
「いえ、それは」

私は、俯いてしまった皇子の綺麗なオレンジの髪を撫で付けた。
いつもならば跪いて手を取ったりするけれど、どうやら彼はそういう、皇子扱い、が嫌なようである。
ベクターは顔を上げてこちらを見た。

「つまりベクターは、私の友達になってくれるわけだね」
「そうです! なまえの友人になりたいのです! 良いですか?」

髪を撫でていた手をそっと差し出す。
ベクターは嬉しそうにその手を掴んで、楽しそうに笑っている。
この瞬間から私は彼の従者であり、友人という立場に立ったのである。

「もちろん。よろしく」
「はい! よろしくお願いします、なまえ!」

私は守りたいと思っていた。
ただ、この皇子がずっと真っ直ぐでいられるように。
私がたとえどうなったとしても、守っていたいと、誓っていた。(つもりだった)


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201705006:まあまあまあまあ、まあ、ね!!!(????)
 
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