→happy(追憶:1)/ベクター


細かい出生は覚えていない。気づくと戦場の中に居た。鬼のように強い女の兵士として生きていた。
それが私の一番古い記憶だった。
兵が陣を張る、隅の方に居て、必要となれば戦って、その報酬で生きて行く。
戦うことが生きる術で、戦争ばかりしている王には感謝さえしていた。これがなければ、とっくに野垂死んでいるところだ。だが、どうにもそんなことを望む人間は少数派であるらしく、人々は平和を心から望んでいるらしかった。
だから、あの日生まれた皇子は、平和の使徒だなんて持て囃されていたのだし、人々は平和への希望を湛えていた。私には、関係のないことであった。王があれだけ残虐なのだ。その子どもが平和的な性格に育つとは思えない。王妃のことは知りえないが、差し引いたって望みは薄い、私はぼんやり分析していた。していただけだ。
兵として戦うばかりの日々。
いい加減に他の生き方はないものか、ため息を吐かずにはいられない、星の綺麗な夜のことだった。

「この女です! こいつが、敵国の兵士と密会しているところを見たのです!」

女は、この場に私ただ一人。
叫ぶ兵士は、見たことがあるような、ないような。

「金貨を受け取って居ました! 今回敵に陣形の情報が漏れていたのは、この女の仕業に違いありません!」

やるとしたら、だが。
報酬をもらった時点で逃げている。
馬鹿馬鹿しいと無視していたが、うるさい男に腕を掴まれて立たされる。

「黙っているのは返す言葉がないからです! この女を反逆罪で裁くべきだ!」
「……黙っているのは、身に覚えがないからですよ。その話が本当ならば、私は今頃全力で逃げています」
「ならばこの金貨はどうした!!?」

男が私の胸元に手を伸ばして、中から何かを取り出すフリをする。そんな場所に何かが入るようなスペースはない。
だが、男はあらかじめ握り込んでいた金貨を、周囲の兵士達と、連れてきた上官に見せて叫ぶ。
いいや、そんな子供騙しに乗るような兵士しかいないのなら、この国はとうとうお終いだ。

「本当だ、お前、なんてことを……!」
「今回戦いが不利だったのは、お前のせいか……!」
「死んだ仲間にどう報いるつもりだ!」

さすがになにか言い返さなければまずい雰囲気である。
こうも一丸になられてはたまらない。
だが、少し遅かった。両手を拘束されて、中途半端に開けてしまった口に布が割り入り声が出せない。

「連れて行け」

周囲の兵士の顔を見た。
仲間を売られた痛みに打ち震えている兵士は一人もいなかった。ただ、楽しげに口元が歪んで、ざまあみろ、と顔が言っていた。私はどうやら、知らない間に彼らから恨みを買っていたらしい。こんなガキが手柄をさらうところとか、こんなガキに武術で勝てないところとか、単純に目障りであったとか、理由はいろいろであろうが、私はどうやら、ここで終わる。
なるほど。
戦争を生きる糧にしていたのだ。
いつ死んでもおかしくはなかったけれど、あまりにも、なんの感慨もない最期だと、思わず笑ってしまった。

「お前は、王の御前で射殺される」

そうか。
それはさぞ痛むことだろうと、ため息を吐いた。
無実の罪で裁かれるらしい。
どうやらその処刑はかなり大々的に執り行われるらしく、小娘一人を殺すのに、わざわざ数百の射手が矢を構えるのだと言う。存外この国の兵士は暇のようだ。
牢獄に入れられて数週間後。
私は何人かの兵士に連れられて外へ連れ出された。
日の光がひどく眩しくて、目を細めて周囲を見回す。兵士達は盛り上がっているようだが、遠くで見守る民衆は、いいや、そこまでは見えていなかった。どうでもよかったから。でも、王の顔くらいは見ておくかと顔を上げた。すぐにわかった。あの一際偉そうで凶悪そうなのがそうだろう。やはりどうでも良い。これから死にゆく人間になにができるわけでもない。ここから状況がひっくり返ることもない。
ここまで私を連れてきた兵士が処刑台を降りて行った。
磔にしないのは、苦しむ姿が見たいからだろうか。趣味が悪い。両手両足に繋がれたロープは、少しの余裕を持たせて台の角に結び付けられている。
王が手を挙げると、全方位に立つ射手が弓を引く。

「貴方は、本当に敵国のスパイなのですか?」

鮮やかすぎるオレンジの髪と、湖畔のような輝きを持った紫の瞳が視界を埋めた。

「は……?」

絶句、とはまさに。
この、男は、この国の。

「っ!」

まっすぐにこちらを見る目のことはひとまず後に回して、王を見上げる。慌てる王妃を尻目に、手が、振りかざされる。
それはつまり、数百の射手に、放て、と合図を送ったということだ。
皇子もろとも、射殺す気だ。
私は皇子の体を引いて、その腰に刺さっている剣に手を伸ばす。
まったく合図を送る奴も大概だが、実際打つ奴らも何も考えていないにもほどがある!
矢がこちらへ届くまでに両手のロープを切断する。足はどうにか片足だけ解放した。左手の皇子を抱え込んで全方位から飛んでくる矢に向かう。
全部をはたきおとすことは当然不可能。
だが、どうにか、この皇子を守ることくらいはできる。無事では済まないだろうが、知ったことではない。どうせなくなる命だった。無謀で無鉄砲な平和の象徴を守れるのならそれはそれ。この命、最期の最期に振りかざす理由には十分すぎる。私は生きていてもしょうがないが、この命には価値がある。
だから。
避けられる矢は避ける、それでもダメなら叩き落とす、落としきれなかったものは左腕か背中で受ける。一瞬とも永遠とも言える一時、私は確かに生きていた。命を張って戦った。
皇子から借りている剣で、降り注ぐ銀の悪意を薙ぎ払う。薙ぎ払う、薙ぎ払う、叩き落とす。
どうでもよくはない。
私だって、本当は、平和に生きられるのならば。もし、許されるのならば。
獣のような咆哮は、処刑場を大きく揺らした。
私を突き動かしたのは、間違いなく、このまっすぐな目をした皇子であった。

「……怪我は、ありませんか」

皇子は、泣きそうな顔をして、こちらを見上げていた。少し砂埃と、私の血が付いてしまっているが、それ以外に外傷はなさそうだ。

「そうか、」

私は何年振りかに人に向かって微笑んだ。
皇子は、宝石のような目から一筋、涙を流した。

「よかった」

この皇子は、私みたいな人間のために、心を痛めて泣くのだと、そう思うとやはり、もう十分なのであった。


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20170506:ちょ、っとまってね。6話くらい書かせて……。
 
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