→happy(追憶:0)/ベクター


みょうじなまえとは幼馴染である。
幼い頃から一緒にいて、親友であった。
昔はどこか気怠げで、いつも眠そうにしていた。と言うか眠っていた。ハルトにさえ「なまえ姉さんはよく寝るね」なんて言われていた。異常なくらい眠るものだから、何度かこっそり医者に見せたことがある。だが、特に異常は見られなかった。夜、よく眠れないのでは、そう心配したものだが、なまえが自分で言うには「そういう体質なだけ」とのことであった。
まあ、それはもれなく嘘であったわけだけれど。
詳しく話してくれたわけではないが、なまえがベクターに仕えていた頃のことと関係があるらしい。彼女もまた崇高な魂の持ち主であり、その力をドン・サウザンドに狙われていたが、バリアン世界に行くことはなかった。その経緯と大きく関わることである、とのことであった。
あまり、気分の良いものではない。
なまえのことを誰より知っていたのは俺であったのに、今のなまえはすべての記憶を取り戻して、ベクターを家に引き取って、離れてしまったように感じる。遊馬に別れは突然訪れるものである、などと言っておきながら、肝心の俺がなまえとの別れの予感にひどく胸を痛めている。

「……」

窓の側で、休憩しているなまえを見つけた。
太陽の光になにかをかざしている。手に持っているのは小さな、指輪。
いつもは服に隠れるように、チェーンをつけて首から下げているそれは、一度土手で落として大捜索隊が組まれる事件に発展。遊馬や小鳥たち、凌牙やその妹、当時真月零であったあいつ、俺やオービタルも一緒になって何時間も探していた。
その指輪を、なまえが大切にしていることはもちろん知っていたが、以前聞いた時には「なんだろうね。わからないんだけど、でも、これだけは離したらいけない気がする」と曖昧なことを言っていた。

「なまえ」

なまえはゆっくりとこちらを見て、眩しそうに目を細める。
まるで大人のように微笑むなまえに近づくことに、一瞬躊躇して足が止まるが、不審に思われるより先にちゃんと前に出た。なまえは指輪を手に持ったまま言う。

「カイトも休憩? お茶を淹れようか?」
「いや。茶はいい。それよりも」
「うん?」

そうしてまた迷う。
迷ったけれど、どうにかこうにか、声に出す。

「結局、なんだったんだ、その指輪は」

なまえは視線を指輪に落として、太陽の光の中でくるくると回した。金色の指輪が鮮やかに、きらきらと光る。
答えをはぐらかして欲しい気もした、また嘘をついてほしい気すら。全く本当のことを聞き入れる覚悟ができていないのに、聞いてしまった。聞かれたからという理由のみで、なまえは口を開く。

「これは、ベクターにもらったものだよ」

数秒後に、ようやく「そうか」とだけ返す。
なまえはいつも以上に言葉の少ない俺に、わざわざ「続けても?」と許可を求める。
俺はここで、もういい、と言うことも、仕事がある、と言うこともできたのに、視線は外の小さなベンチに向かっていた。
胸がつぶれそうに痛む。体の機能が著しく低下している。ただの呼吸がこんなにもつらい。
迷う俺を待つ間、なまえは指輪を服の中にしまおうとした。しまうことができなかったのは、俺がなまえの腕を掴んだからだ。

「聞かせてくれ。俺の知らない、お前の話を」

今はベクターとなまえしか知らない、これまでの話。
知らないでは進めない。知りたくないでは済まされない。たとえどれだけ痛みを伴ったとしても、俺はきっと聞かなければいけない。
それに、なまえは、きっと、聞かれなければ、誰にも話さないだろう。
もともと同世代の女の友達というのが少ない奴だ。
だから。
いいや、そんな綺麗なものではなくて。

「長くなるから、やっぱり、お茶でも淹れようか」
「そうだな。俺も、少し長めの休憩をとることにしよう」

外のベンチに、紅茶を持って隣に座る。
過去を振り返るには丁度いい天気だ、と二人揃って空を仰いだ。

「さて、どこから話をしようか」

覚えていることをすべて話せ、と俺が言うと、取り調べみたいだ、となまえは笑った。


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20170506:ちょっと長らく書きたかった話を書かせていただきたく……。
 
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