虚心坦懐(09)/デニス


ジュニアユース選手権、全てが終わったように見える世界で、私は権現坂と遊矢のデュエルをじっと見ていた。
そうして決着がついたらすぐに移動する。
ちらりと、零羅を見る。ああ、いまあの子は何を思うのだろう。
視界を一度断ち切って、前を向く。
私は多分何も出来ない。
それでも、行かない、なんて選べない。
次元を渡る大きな穴の前で、二人を待ち伏せていた。

「零児。私も行くけど、いいよね」

行かせて欲しい、とかではないあたり、私は零児に甘えている。

「お前が行ってなんになる」
「なんにもならないけど。行くよ」

零児はため息を吐くばかりであったが、最終的には「はじめから止める気なんかなかった」と笑った。「みょうじなまえは私になどなんの言葉もなく出て行くと思っていたよ」私はきょとんと零児を見上げた。
そこまで薄情じゃない、とは言えなかった。私が今選んでいる道は身勝手で、彼らへの裏切りと取られても何ら文句は言えない。

「ありがと、行ってくる」
「なまえ」
「ん?」
「……いいや。なんでもない」
「そう? …うん、それじゃあ」

少し考えたが、特に、零児に送りたい言葉は見つからなかった。なるほど確かに、零児の読みはなかなか正しい。榊遊矢がいなければ、一人で勝手に次元を越えていただろう。
ともあれ、これで零児の許可はとったわけだが。
遊矢は私が一緒に行くことを許してくれるだろうか。
遊矢に向き直る。

「……、遊矢、いい?」
「もちろん。なまえはデニスに会わなくちゃ」
「いつの間にどうしてみんな知ってるんだろう……」
「なまえはいつも、デニスを気にしてたから」

遊矢と零児に笑われてしまった。そうだっただろうか。そうだったかもしれない。ずっと、気にしていた。
だって、彼はなんだか危なっかしくて放っておいたら壊れてしまいそうで。あんなデュエルをするくせに、私の前ではなんでもないようなことでうろたえて見せたりして。
いや、そうじゃないか。
もう難しく考える必要はない。

「……そうだね、相当、好きみたい」

だから、私も一緒に。

◆ ◆ ◆

デュエルが始まれば、私は彼らの間には入れない。
デニスはたった一度私を一瞥したきり、まっすぐ遊矢と対峙していた。
それでいい。それがいい。遊矢とデニスの間に私はいないほうが。
邪魔にならないように距離をとって見守っている。

「悪のモンスターの力をくらえ!」

このあたりだろうか。
なんとなく、彼の行動理由の断片が見える。
アカデミアの、エド・フェニックスがぎょっとしてこちらを見たのがわかった。タイラー姉妹もエドの視線でこちらの様子に気付いて、私の横顔をまじまじと見ている。

「大丈夫か? どこか痛むとか……」
「何もないよ」
「何もなかったら、人間は涙を流したりしない」

うまく声が出なくて、少しだけ間が空く。
息を吐いて、息を飲み込んで、そうして言う。

「ごめん。大丈夫だよ。だからお願い。彼らを見ててあげて。私なんかはどうでもいい。二人があんまり綺麗だから涙が出るだけ。気にしないで」
「だが……」
「いいから。それに私も、集中したい」
「……」

じっと、彼らを見ていた。
仮面が放り投げられて、そこからはもう、視界が震えて歪んで滲んで、二人を見るのが大変で仕方がなかった。
笑ってる。
二人が(デニスが)笑っている。
楽しそうにしている。
心の底から楽しそう。
ああ、君が、デニス・マックフィールドなの? 
デニスが笑っているのがたまらなく幸福で、楽しそうにしている姿に胸が熱くなる。
体に収まりきらなかった感情が瞳からぱたぱたと溢れている。
嬉しい、楽しい、幸せ、尊い、そして少しだけ、遊矢が羨ましい。

「Show must go on!! 天空の奇術師よ!」

綺麗だ。

「もっと華麗に! もっと鮮烈に!」

綺麗だ。

「さらなる大舞台を駆け巡れ!!」

綺麗。

「ランクアップ、エクシーズチェンジ!!」

キラキラ光って眩しくて、どんな人だって目を細めてしまう。胸が熱くて息がしずらくて、思わず口を開いてしまう。

「ランク5、トラピーズ・ハイ・マジシャン!!!」

歓声に紛れて、がんばれ、なんて叫んでしまうのも仕方がないことだった。私は今、ただの観客。
ほかの何にも遠慮してない、本気の貴方が見られて本当に嬉しいの。
ずっと見ていたい。
大好きなデュエル。
時間の感覚がなくなっていく。魔法の中にいるみたい。心ばかりが前へ前へと進みたがって、走り出しそうになる体を抑える。どきどきしてわくわくして、叫ばずになんていられない。笑顔にならずになんていられない。
おとなしく座っていたけれど、エドの横に立たせてもらう。
エドは何か言いかけたようだが、私の顔を見て呆れたように笑っていた。
そう。
私のことなんていい。
私じゃない。
もっと彼らを見て。
永遠に刻んで。
この二人のエンタメデュエリストのデュエルを。
もっと盛り上げて。
もっともっと笑顔と、声を。
そうしたら彼らは、きっともっと高く飛べる。

(ありがとう、私は今、最高のデュエルに立ち会えてる)

こんなに笑ったのは、いつぶりだろうか。


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20170227:泣いてた。お願いだから幸せになって欲しい。
 
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