虚心坦懐(08)/デニス


あたたかい夢を見た気がした。
不思議だろう? あんなデュエルの後なのに、すごく暖かい夢を見たんだ。
でも、夢の彼女は泣きそうな顔をしていた。
泣かないで欲しい。笑っていて欲しいのに、でも僕はなにもできなくて、ただ彼女のあたたかさを受け入れていた。
頬のあたりにこびりついていた不快感が消えた気がした。
待って。
最後に言いたいことがあるんだ。
なまえー。

◆ ◆ ◆

アカデミアに戻ると、プロフェッサーに僕の持っている情報を報告した。
それから少しだけ部屋で休憩。
鏡に映る自分の顔はひどく疲れているが、不思議と、顔だけは汚れていなかった。傷はあるが、泥とかホコリはついていない。
それがなぜか、なんて僕にはどうでもいいことで、そんなことよりどろどろになってしまったライダースーツからいつもの服に着替えようとした。
すると、かさり、とポケットの中で何かの音がした。

「え?」

ポケットをひっくり返すと、小さな紙切れが折りたたまれて入っている。
こんなもの、これを着た時はなかったと思うのだけれど。

「ー」

中身を開いて息を飲む。
これは。
こんなことをわざわざするのは。

「なまえ」

声は確信。

「なまえ、はは、何してるの。なんで……なんでこんなこと……」

白い紙の真ん中に、たった一言だけ。
差出人の名前すらない。
一見冷たくも見える彼女の行動。
無責任だ。こんなの。あんまりにも。

『お疲れ様』

敵を労ってどうするんだ。
それはいつか、僕が彼女に送った言葉だったけれど。
なるほど彼女は、こんな気持ちだったのだろうか。全てを知っていて、それでも言わなければと思って、いや、口が勝手に言葉を送っていた。
僕はあの時そんな風に考えていた。勢いで、つい言ってしまった言葉だと。言った方は気楽なものだ。つい、で済む。
けれど、送られる側はこんな気持ちだったのか。
その時の、なまえの笑顔に納得する。
こんなことをわざわざするなんて。
僕らは敵同士だ。
僕はセレナの監視をしていただけのスパイだ。
僕はアカデミアとして黒咲とデュエルをした。
それでも。
それでも彼女は、僕に。

「あれ?」

ライダースーツに雫が落ちる。
雨でも降ってきただろうか。
ここは室内なのに。一体誰の手品だろう?

「ふ、ぅ……っ」

嗚咽を殺して。
なまえの言葉を握り込む。
僕はアカデミアだ。

「なまえ、僕は……」

体が震える。
感情が溢れて溢れてどうにかなってしまいそうだった。
好きだ。みょうじなまえのことが誰より何より。
アカデミアの仮面をしても、道化師の仮面をしても、悪の仮面をしても彼女のことが鮮烈に脳裏に焼き付いて離れない。
凛としていて、かっこいい。この手紙を僕のところへ持ってきた時、どんな表情をしていたのだろう。きっと素良はそれを知っているだろう。もし彼がセレナや柚子を連れてきたら、聞いてみようか。教えてくれるだろうか。

「ひどいよ、なまえ……、なにもなければ、僕は全部を諦められたのに……」

本当か?
いや、言葉の真偽なんて、もうとっくに僕にもわからない。

「ふふ……」

力なく笑う。頬の傷が少し痛む。けれど触れてみても少し濡れているだけで汚れていたりはしないのだ。
顔の泥を拭ってくれたのもきっと彼女だ。
あの暖かい夢は、彼女が僕に触れたからだ。
荒唐無稽な話だが、そうであるにちがいないと確信が持てた。
彼女にとっても、僕は、ただの敵じゃない。
彼女は僕のことを、まだ、気にかけてくれている。
僕のデュエルが好きだと、楽しみにしていると言ったくせに。あんなデュエルになってしまったのに、彼女はまだ、こんな紙切れを届けるためだけに僕に接近して。

「ばかだなあ……。君のほんとに大切な人たちに怒られても、知らないよ……?」

ライダースーツの皺に小さな水溜り。
動くと、つう、と下へ落ちていった。

◆ ◆ ◆

夢を見た。
カードになるその直前。
光の中で、君が僕を呼んでいる。
君は先生と一緒に、一番に僕らに拍手を送って、仲間であるカイトを放って僕の元へ走ってきた。
気のせいか、泣いているように見えた。
ああ、体の熱が引いていく。
この熱はどこへいくのだろう。また僕に戻ることがあるだろうか。戻ったら、僕はどうするだろうか。
なんでもいいか。どう転んでもこれで最後だ。
光の向こうに、なまえが見える。
なまえー。

「大好き」

きっと聞こえてはいない。
けれど、絶対に届いている。


――――――――――――
20170227:勢い全開で、読みにくいかも。
 
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