→happy(1)/ベクター


「あ、おはよう」
「……おー」

朝起きると、なまえがそんなふうに笑っていた。
もうずいぶん慣れたけれど、相変わらず、見ると、なんだか泣きそうになる。
それをどうにか悟られないように椅子に座る。
目の前には簡単な朝食。
なまえは(むかつくことに)確かあの天城カイトと同じ年であったと思うが、年齢に合わずしっかりしているのは、俺が皇子であった頃から変わらない。

「今日はちょっと早かったね」
「まあな」

最近朝がバタバタしていて、なまえと一緒に朝食を食べれていなかったから。とは言わない。
カイトのところで働くなまえは、時折夜帰ってこないほど忙しい時があって、この時間しか会えない日があるのである。
あの弟バカもなまえになんてことをと思うが、なまえがやりたくてやっている仕事なら邪魔はできない。
昔はずいぶん縛り付けていたものだから、自由に生きているのを見るとほっとする。
俺に付き従う、なんて立場ではなく、ただの友人(ここもまた解せない点ではある)として、ここに俺を置いている。
なかなかにいい生活だ。

「あ、足りなかったら昨日の煮物あるけど」
「どんだけ食わす気だよ」
「ベクター細いから……」
「細いとまずいってか?」
「いや、多少肉付きのいい方が健康的だし、モテるよきっと」
「なまえもその方が好みってことか〜?」
「あ、お弁当これね。忘れないように」
「無視かよ! ったく、煮物も寄越せ!」
「はいはい」

俺は。
なまえのことが好きだ。
いろいろゴタゴタとした後、ここに引き取られてすぐくらいにそう言ったのだけれど。
なまえも、当然そうであると思っていたが、(実際愛されている自覚はあるが)なまえが首を縦に振ることはなかった。
一瞬で生きるのをやめようかと思ったくらいだったけれど、どうにかこうにか踏みとどまる。

「ベクターも、この世界を楽しめるようになったら」

首を縦には振らなかった。
だが、横に振ったというわけでもなかった。

「私のことは今は置いておいて、ベクターも自由にしてていいんだよ。……好きに恋愛をしたりしてもいいし、沢山友達を作ってもいいし、新しい趣味を見つけてもいい」

なまえの言わんとすることは、それだけで理解した。
確かに。
なまえに気持ちを受け入れられれば、俺はほかに何もしないかもしれなかった。
なまえを逃げ場所に、していたのかもしれない。
つまりは、普通に、遊馬や小鳥なんかと学校に通って、デュエルを楽しんだりしながら生きて、修行をしてこい、という事だ。
それで、なまえは、俺がなまえに自由であることを望むように、なまえも俺が自由であればいいと思っている。
煮物も口に入れる。
うまい。
いまいち、俺がなまえと同じ土俵に立てていないことも、感じている。
あの時なまえが首を縦に振ったならきっと、俺もなまえも後悔したのだろう。

「なあ」
「ん?」
「……いや、今日の晩飯は?」
「餃子。あとポテトサラダは決まってるよ。他になにかリクエストある?」
「前夜食に作ってたスープ」
「ん? ああ、キャベツとベーコンの」
「おう」
「おーけー、作っとくよ」

なまえは、俺からの告白を保留にしておきながらこの家に俺を置くのだから、なまえもなまえで、俺を手放しに放っておくことはできないのだ。
俺もそんなものいらないという気もない。
今はまだ、こんな生活もいいかと思っている。
まるで、あの時代の、あの場所のようだ。
日々を、ただただ暖かく過ごす、今は、友人であり理解者でもある、この距離感が気にいっている。(と、自分に言い聞かせているところがないわけじゃない)
いや、悪くないとは思っている。
こうして生活していると昔とは変わったところもいくつかある。

「じゃあ、私先に出るから。戸締りよろしくね」
「ん」
「いってきます」

にこり、と笑う。
本当は、もっとはやく起きてきたなら一緒に出ることも出来るのだけれど、教室にひとりでいる時間が暇だ。
どうせなら、もっとギリギリに行って、遊馬やら小鳥やらをからかいながら行くほうがいい。あまり難しいことを考えずに済む。
こんなことを考えるあたり、もうずいぶんとこの世界の、ここでの生活を楽しんでいるような気がするけれど。

「……行かねーのか」

朝食を食べる俺の頭を撫でるなまえの右手。
これに安心しているようではまだまだだし、安心した後に、これを知っているのは俺だけではないと言う黒い気持ちを沸き上がらせているあたり、全く余裕がない。
思わず擦り寄ってしまったりするのは、仕方が無い。それはもう仕方が無い。ほかの奴がするのは、見ていられないけれど。

「いや、行くよ。じゃあね」
「ちゃんと仕事終わらせて帰ってこいよ」
「ん」

なまえの手のひらがそっと離れる。
あまりにもそっと離れるその動きが、少し名残惜しそうに感じて。
もしかして。
もしかして、だけれど。
なまえも今、少し俺との別れを惜しんでくれていたとしたら。
思い出すのは、あの時代、あの城で、常に心配そうに俺を見送っていたなまえの姿。あの頃とは逆の今。

「……ふ」

そいつは、最高に愉快だなあ。


(「その卵焼きおいしそうね!」「やらねえよ」「ははは、なまえさんが作ったやつだもんな」「………遊馬くんになら半分はやってもいいぜ〜?」「マジで!!?」「もう! 遊馬! 喜ぶところじゃないわよ!」)

------
20160701:ベクターマジで好き。何回か泣いた。最終回ももちろん泣いた。
 
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -