虚心坦懐(07)/デニス


わかっていたことだった。
これ以外の結末を私は想像することができなかった。
フレンドシップカップ一回戦、最終戦。
黒咲とデニスのデュエルは、黒咲の勝利で幕引きとなった。
わかっていた、ことだった。
部屋のモニターの前で、じっと二人を(デニスを?)見守った。

「治安維持局と、行政評議会が動くだろうな」

声は思ったよりもずっと冷静だ。
ロジェはこれから、デニスからアカデミアに情報が漏れることを防ごうとするだろうし、評議会もまた、デニスを保護しようとするのだろう。
彼は傷付き気絶していた。
目を覚ましたら、どちらについているのだろう。次、会う時は、彼は今度は、どんな仮面をかぶっているのだろう。もうあの日、あの時見た、エンタメデュエルは見られないのだろうか。
ああ。

「零児、零羅」

大切な二人の名前をそっと呟く。
そう。
私が彼の元に行ったところでなんになる。
デニスは立派に痛ましく、アカデミアとして戦っていたじゃないか。
そんな彼の元に行っても、そう、行ったところで、なににもならない。
私には私でやることがある。リスクを冒して迷惑をかけるわけにもいかない。
第一、そう、これはわかっていた結末なのだ。
デニスはアカデミアだ。
はじめて話した時から知っていた。デニスは、敵。はじめからそうだった。
だから。でも。だって。私は。彼は。ああ、もう、うるさい。
わかっていた。だからこそ。
この行動はあまりに無責任で、無計画。これからの戦いになんの関係もない私情。
故に、彼らに謝らなければいけない。
許してくれなくていいよ。
だけど、ごめんね。

◆ ◆ ◆

路地の奥から、声がした。

「素良」

その声は、みょうじなまえの声であった。
そして、その後すぐにこちらに近寄ってきて、姿も表す。まさに、なまえであったけれど、今、このタイミングで、彼女がここに出てくる理由がわからない。

「えっ、君は……!」

僕は周囲を警戒しながらも、彼女への警戒も怠らない。
静かに慌てる、と言うのはなかなか難しいが、僕くらいになればまあ大したことではない。
なまえは冷静な瞳でこちらを見ている。

「ごめん、何も、する気はないよ。ちょっと、ほんのちょっとだけ、彼に用事があるだけ」
「デニスに……?」
「うん。大丈夫、彼が起きる前にはいなくなる、あ、できれば隠し通しておきたいから、もし零児に会うことがあっても、私がここに居たって言わないでくれるとありがたいかも」
「そ、それはいいけど……、なんの用?」
「はは」

なまえは笑っていた。
に、と歯を見せて、迷いなんて一欠片もないみたいな笑顔だった。

「超、個人的な用事」

言うと、デュエルディスクを僕に投げつける。

「なに? どうして僕に……」
「これで私はデニスにも素良にも何もできない。五分でいいから信用して、もう少し彼の近くに行ってもいいかな」

意味がわからない。
僕は目をぱちぱちしながら、思わずキャンディが口から落ちてしまいそうになる。
慌てて棒を噛み直す。

「なまえこそ、僕はアカデミアの人間なのに……武器を投げ渡すなんてどうかしてるよ……」
「うん、こんなところに出てきた時点でどうかしてるから大丈夫。それで、いいかな?」

僕にカードにされるとは思わないのだろうか。
自分で自分をおかしい、と言うなまえは、ただ凛と立っている。
意思の強い瞳。その眼光に乗っている心があまりに澄んでいて気圧される。こんな暗闇でも輝いていて思わず目を細めてしまう。
僕は、混乱しながらも考える。
考えるが、どうしても、彼女を拒む理由を見つけられなかった。

「……いいよ」

僕が言うと、なまえは「ありがとう」とだけ言って笑った。
彼女は一歩ずつ気絶しているデニスに近付く。一歩ずつ、距離を詰める。彼女のここまでの行動は全て迷いなんかなくてまっすぐだったのに、デニスに近付く、その足は少し、いや、迷いはない。
躊躇っている……?

(違う、そうじゃない……)

なまえはそっと手を伸ばす。

(僕は、彼女はてっきり……)

その指先が、デニスの前髪にふわりと触れる。
なまえの肩が小さく上下した。
これは、みょうじなまえともあろうものが。
あの、赤馬零児の右腕が。

「なまえ、もしかして、デニスが」

怖がっている。
自分がデニスにこうして触れることを、恐れている。
僕は彼女は赤馬零児のものであると思っていたけれど、一体いつの間にこんなに面白いことになっているのだろう。
なまえは取り出したハンカチで軽くデニスの顔についた泥を拭き取ると、小さな紙切れを彼のライダースーツのポケットに詰め込んだ。
僕に向き直って、その静かすぎる瞳をこちらに向けて大切に大切に。

「……好き」

僕はただ、息を飲むことしかできなかった。


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20170227:好き
 
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