君に世話される諸々の日々end/デニス


なまえとデニスが会うのは、前に遊んだ日から数えて、実に一ヶ月ぶりだった。
待ち合わせ場所にはそわそわとした様子で周囲を確認するデニス。まだ待ち合わせ時間には早いが姿が見えないことが落ち着かなくてしょうがない。
そんな様子だった。
なまえも同じような気持ちだ。まだ遅刻でもなんでもないのに早足で、待ち合わせ場所近くになるとしきりにきょろきょろと周りを確認している。
よく晴れた土曜日の朝。
寒くてもそれなりに人の多いこの公園は、待ち合わせ場所としてよく利用されていた。
中央の噴水のあたりで合流することになっている。
なまえは遠くからでもその姿を見つけてすぐに声をかけた。鮮やかなオレンジはどこにいても目立つものだ。
「デニスくん」と声をかけたらそのあとすぐにぱちりと目が合う。
ひらひらと手を振るなまえは、一ヶ月前と何も変わっていない。

「久しぶり」

そう笑うなまえがどうにも懐かしくて。
デニスは喉のあたりまでいろんな言葉が出かかるが、その全てが声になる直前で重くなって口の中に残ってしまう。
久しぶり、は確かにそうだ、おはよう、も間違っていない。心配した、そう文句も言いたい。
ぱたぱたと、デニスを見つけてからは走ってこちらへ向かっているなまえを、勢いそのままに引き寄せたら、ああ、これだ、と確かに思う。

「会いたかった」

なまえは少しの間言葉を失っていたけれど、そのうちそっとデニスの背に手を添えて、「うん」と呟いた。
それだけですっかり安心してしまう。
デニスが掴むことができた情報はただ、なまえがひどい風邪をひいて学校を休んでいるということだけだった。
柚子は何か知っていた風だったが、「なまえったら、バカなのにね」と呆れたようにため息をついて、それ以上のことを教えてはくれなかった。
なにかあったのだろうが、そのなにかに、見当もつかない。
しかし、なまえはこうしていつも通りで、デニスの腕の中に収まっている。
これからは、またいつもみたいに話をして遊んで、なまえを着飾ったりして。
名残惜しいが、デニスはそっとなまえの体を離していく。

「もう体はいいんだよね?」

自然な流れでなまえの両肩を掴んで、ゆっくりと距離を離していく。ゼロ距離から少しずつ一へ、相変わらず空気は冷たくて仕方が無いのに、二人の間に寒さが入り込むことは出来ず、二人は胸のあたりがただ熱いのを感じていた。

「びっくりしたよ、ひどい風邪だったんでしょ? 柚子に聞いても何も教えてくれないし、お見舞いに行っても全然会えないし」

伝えたいことは別にある。
けれど、流れるようになまえへの文句ばかりが口から落ちる。
デニスはなまえのふわふわとした髪を見つめて、相変わらず自分でも本音がどこにいるのかわからない様にため息が出そうになる。
なまえは目を伏せていて、デニスにされるがままに体を離す。服がふわりと元のボリュームに戻って、体の正面にも空気が当たる。

「そりゃあ、うつしたくないっていうのは至極真っ当な理由だけどさ」

いつも話をする距離くらいまでなまえを離したところで、なまえからまったくレスポンスがないことが不思議に思えて来る。
いつもなら、相槌とかそれ以外の言葉とか、何かしらを返してくれるが。デニスが覗き込むように首をかしげて言う。
ほとんど同時に、なまえは俯いていた顔をあげる。

「ちょっと、ちゃんと聞いて、」

聞いてるの?
そんな不満は、一瞬でどうでもよくなった。
デニスとなまえの視線はピタリとかち合って、お互いの間にぱちぱちと線香花火のようなものが散った。
なまえの、今までに見たこともない熱を持った視線と、色付いた頬。
相変わらずに怖いくらいに真っ直ぐで、一瞬でこの空間は彼女のものになってしまった。
そんな顔をされては。
一番伝えたかった言葉が体の奥から一気に喉元へ。
後は声にして届けるだけ。
その言葉はお互いに、叩きつけているようだった。

「「好きです」」

そして、二人同時にきょとんと目を丸くする。
ああ。
そうか。
そう、理解する頃には目を見合わせて噴き出して、そのタイミングまで同じだったからとうとう大声で笑い出した。
お互いに涙が出るくらいに笑って、そして落ち着いた頃にそっと手を差し出したのはデニスの方だった。

「なまえ、こっちに」

なまえは涙を拭って、ゆっくりとデニスの手のひらに自分の手を。
あまりにもなまえの動作がゆっくりで、デニスは待ちきれなかったようだ。残り5センチくらいのところまで近寄った時、攫うようになまえの手のひらを迎えて、そしてぐ、と引き寄せた。
バランスを崩してデニスにぶつかるが、デニスは難なく受け止めて、にこりと笑う。

「行こうか」

なまえはデニスがどうにも慣れているような気がして複雑な気持ちになりながらも、今はいいかと笑って見せた。
あの言葉は、そういうことで間違いない。
だから、今手を繋いでいる。

「うん」

柚子に報告しないとなあ、それからきっと、クラスメイトもいろいろ話を聞きたがるのだろう。
ああ、あと、あの時あの女の人に借りたハンカチ、返さないと。
なまえはそんなことを考えながら、繋ぐ手にぎゅっと力を込めた。
世界の全てに祝福されているような気分だった。


□ □ □


電話の向こうから、心配そうな声がする。
なまえは部屋で紺色の旅行カバンに向かって明日必要なものを詰め込んでいた。

「着替えは? あとヘアアイロンも忘れちゃダメだし、ハンカチとかティッシュとかも持っていかなきゃ。歯ブラシとかタオルとかは旅館にあるから大丈夫で……」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「ほんとに? 明日の集合時間は?」
「7時」
「うん。オッケー」

二人で少しだけ笑い合う。
事の発端は、前々から企画していた旅行で必要なものの買い出しに行こうと、今日、なまえが誘ったことだった。

「デニスくんこそ大丈夫? えーっと、財布とか」
「僕は楽しみすぎて一週間前には準備出来てたから大丈夫! ほんと信じられないなあ、前日になって何も準備してないなんて」
「なにもってことはないよ、持ってくカバンと着てく服は決めてあったし」
「それだけえ?」

すっかりなまえの、旅行に対するモチベーションが不安になってしまったデニスは、こうして電話でなまえの世話を焼いている。
とは言え、なまえも、何も考えていなかったという訳では無いようだ。
しかし、前日まで明日のためのカバンに何も入っていなかったのは事実。いらない心配をかけたことについてなまえは申し訳なさそうに言った。

「……それに時間かかっちゃってほかのこと進まなくて」
「……もー、そんなこと言って……」

つまるところ、何を着ていくべきか迷っていたら夜は更けて、二週間前からそんな調子だ。
なんなら1着は明日の為にこっそりと新調したほど。
そんなふうに言われては、これ以上なまえを責めることは出来ない。

「じゃあ、最終確認もしたところだし、早く寝よう。明日も早いしね」
「ん、ありがとう」
「いいよ、それじゃあ明日ね。あ、暖かくして寝てね、目覚ましは大丈夫?」
「大丈夫」
「うん。パーフェクトだね! それじゃ、おやすみ」
「おやすみ」

そっと受話器を離す。
それから通話を終了するボタンに手を伸ばして、あと数センチでこの繋がりは切れてしまうと言う時だった。

「大好きだよ、なまえ」

体の真ん中あたりから、ぎゅうぎゅうと熱が作られて、油に導かれる熱のように全身に走る。
途端指先まで熱を帯びて、伸ばした手がピタリと止まる。
なまえは、もう1度電話を口元に近付ける。
そっと口を開く。
熱い唇が、その言葉を言いたくてたまらなくなって震えていた。

「私も」

受話器の向こうで息を呑む音が聞こえて、今度こそ通話を終了した。
なまえは立ち上がり、部屋のカーテンを少し開ける。
雲一つない空は、月明かりで白く明るい。
明日も良い天気をお願いしますね、なまえは笑って明日に備えて眠るのだった。


End

----------
20161220:ありがとうございました!みんなデニスくん好きになって……。
そっと感想とかデニスについての愛とか待ってます…待たせていただきますから宜しくお願いします…。
 
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -