君に世話される諸々の日々05/デニス


途方に暮れる、なんてことは早々ないのだけれど、その時僕は確かに途方に暮れていた。
あるいは、途方に暮れるところだったと言える。
街中をふらふらと歩いていると、小さな女の子を見つけた。可愛いリュックにひらひらとした女の子のキャラクターのキーホルダーをつけていた。
普段なら気にもとめないような小さな子。
けれどその子は、俯いて涙を流していたのである。
故に僕はその子を放っておくことはできなくて、そっとその子の前にしゃがみ込んだ。
話しかけて手品をしたりしたのだけれど、女の子は延々と泣いていて、こちらを見てすらいない。
迷子か何かだとは思うのに、彼女にはちっとも言葉が届かない。
視線が集まってきて、まるで僕が泣かせたみたいになっている。
どうしたら見てもらえるだろうか。
考えながら手のひらから飴を出したり花を出したりするのだけれど、声をかけても上を向いてもらえない。少し落ち着くまで待つべきだろうか。

「!」

そんなとき、だった。
なまえが僕の目の前に現れたのは。

「え?」

何が何だかわかっていなかったのは僕だけで、女の子はなまえの方を見上げて目をキラキラとさせている。
なまえはディスプレイに写っている鍵盤をぱたぱたと叩く。それに合わせて音がする。
そのメロディーは、女の子のリュックについているキャラクターに関係するものらしく、女の子はキャラクターとなまえと視線を往復させて、すっかり涙は引っ込んでいた。

「すごい!」

なまえは僕の隣にしゃがんで、「ありがとう」と笑っていた。
僕にできなかったことを、僕じゃ想像もつかない手段でやってのけたなまえは、僕にはとてもかっこよく見えた。
その後はなまえと僕、それから女の子で人目につきやすい場所へ移動して元気に歌を歌っていた。なまえは大体の曲は知っていて、女の子のリクエストにほとんど応えることができていた。
その内母親が走り寄ってきて、僕達は女の子を無事に母親の元へ返すことが出来たのである。
ひらひらと僕らは女の子に手を振って。
それからお互いの顔を見合わせる。

「ありがとう、私ひとりじゃこんなに上手くいってなかったと思う」
「それはこっちのセリフ。ありがとう。助けてくれて」
「そんな大袈裟なものじゃないよ。じゃあ」

その場からクールに去ろうとしたなまえを、僕はなまえの手首を掴んで引き止める。
なまえはぱっと振り返る。
ほとんど無意識の行動だったせいで、なんだか気恥ずかしくてすぐ目を逸らした。

「えっと?」
「あー、ごめんね! その、僕はデニスって言うんだけど、君は?」

なまえは少しだけ困った顔をしていたけれど、僕がそう言うと流れを理解したようでそっと笑う。

「私は、なまえ」

なまえ。
それが彼女の名前だとわかると、尚のことどきどきとしたのを覚えている。
その時は、何が何だかわからなかったけれど、今になってよくわかる。
僕は初めてあった時からなまえが気になって仕方がなくて、次に何を聞いたらいいかとずっと考えていた。
彼女のことが知りたくて、ただ必死に手を伸ばした。

「なまえかあ! 素敵な名前だね! 僕らなんだかすごく良いコンビだったと思うんだよね! 連携もバッチリだったし? だからえーっと、友達になろうよ!!?」

自信がなく勢いがありながらも語尾が下がってしまったのは、その言葉でいいのか迷っていたからだ。
さっきまでは小さな女の子がいたから一緒にいたが、今僕達はただの初対面の男女だ。

「……さては君、面白い人だね……?」

なまえは少し笑っていた。
その表情にほっとして、ぱちりと、片目を閉じて僕も笑った。

「そう思ってもらえたならなによりだなあ」

僕は全力で歩み寄った。けれど、実際に先に手を差し出したのはなまえの方だった。

「じゃあ、よろしく。デニスくん」
「うん! よろしくね。なまえ」

掴んだ手は、少し乾燥していて、思わずハンドクリームを取り出した。
それからずっと、なまえがあまりに真剣に話を聞くものだから面白くて、知らないことは勉強までしてなまえに教えていた。
最近はあまり教えることもなくなって、ただでさえきらきらとしていたのに、余計に可愛くなってしまって少し困っている。
なまえは果たしてどう思っているのだろう。
とにかく、どこか淡白なところもあるなまえと、どうにか仲良くなろうとがんばった。
まるで女友達のような仲の良さになってしまったが、それでもなまえはそれなりに僕のことを好きになってくれたらしかった。
友人にしておいていい、と思う程度には好意的で、他に男の影があるということも無い。

「……」

このまま友人で終わらないために。
告白、と言う二文字が浮かび上がる。柚子にも、告白したらどうかとすすめられて、君こそ遊矢に告白したらいいのにと茶化しながら、頭では、本気でなまえのことを考えていた。
水族館に行きたい、なんてほとんど告白ではないのだろうか。
けれど、なまえのことだ、他意はないのだろうし、下手をしたら不慣れななまえは僕を避け出すなんてこともあるんじゃないだろうか。
それだけは。
ぎり、と心臓が痛む。
考えただけで息が苦しい。

「あ、あの!」

公園の一角に陣を張って、エンターテイナーとしての今日の活動は終了。
片付けを終えて荷物を背負うと、一人の女の人に声をかけられた。
僕は声のした方を向く、知らない人だ。
いや、見たことはある、僕のショーをよく見に来てくれる人だった。話をしたのは、これがはじめてだ。

「あの、わたし……!!」

彼女の頬はすっかり赤くて、手は胸のあたりで握られている。
少し震えた声なのに、その眼差しは真っ直ぐに僕を捉えていた。眼球は、少し潤んで微かに揺らいでいた。
同じ年か年上くらいだろうか。
気合の入った髪に化粧、それから小綺麗な服。
彼女はぐ、と喉のあたりに力を入れて、一歩こちらへ身を乗り出した。

「わたし、あなたのことがー、」

僕は、そっと微笑んだ。
答えは決まっている。


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20161207:デニスくんかわいいの病気
 
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