君に世話される諸々の日々04/デニス


楽しくてたまらない、そんな言葉がぴったりとはまる。
化粧やほか色々なことに全く興味を示さなかった彼女がウソのようにそういうものに詳しくなって。
服装なんかにも気を遣うようになって。
きっとこの子を変えたのは、あのオレンジ色の男の子なのだろう。
クラスメイトはぼんやりとそんなことを考えて、定期的に八割の寂しさと残りのなまえを応援する気持ちでもって肩を叩いた。
なまえはその度にきょとんと首をかしげている。

「……なまえ?」

今日訪れた喫茶店には店内の中央にピアノがある。
柚子となまえはすっかりケーキを食べ終わり、なまえの皿にはいちごのへただけが残っている。
柊柚子はと言えば、デニスとなまえ、共通の相談役として不動の地位を築き上げていた。
なまえはデニスのことについてクラスではあまり触れないが、柚子には色々と話している。今のことろ確定的な言葉は聞けていないが、柚子の感覚からしたらなまえだって充分デニスを気にしている。
今日のなまえはいつになくぼうっとしていて、明らかになにか考え事でもあるのだという風だった。

「大変なことに気づいてね」
「どうしたの?」
「デニスくんのことなんだけど」

なまえは柚子をゆっくり見上げる。
なまえの瞳はいつになく澄んでいて迷いが無い。

「最近」

けれど、ふ、と視線を外した彼女の目は熱っぽく揺らいだ。
思わずドキリとするくらいに、表情から滲む熱さは少しずつ柚子にも伝染する。
柚子は思わず唾を飲み込んで頷いた。

「楽しくて仕方がなくて」

遠くを仰ぐなまえは、幸せそうで穏やかで、少し寂しそうだ。
柚子は直感に任せて立ち上がる、テーブルに手をついて、椅子の足が床と擦れてがたがたと音を立てた。
紅茶はゆらゆらと揺れて、柚子は目を丸くしてなまえに詰め寄る。

「それって……」

なまえはもう一度柚子と目を合わせる。

「誰と居るより楽しくて」

お互いの額がぶつかりそうな距離だ。

「それって……!!」

に、となまえが笑って。
本当に少しだけ、時が止まる。

「多分、私、デニス君が好きだ」
「なまえ!!!」

柚子はふたりを隔てるテーブルを乗り越えてなまえに抱きついた。
まるでこの時点で良いことが起こると確信した行動に、すぐに柚子ははっとしてなまえを離して慌てて座る。
左右に視線をさまよわせた後になまえの様子を伺うが、なまえは柚子の行動について思うところはないようであった。
恋なんてしそうになかった自分が誰かを好きになったことをこんなに喜んでくれるなんて柚子はいい人だなあ、とピントのずれたことを考えている。
柚子は体の内側にいる自分が騒ぐのをどうにか抑えて、けれど興奮気味に言う。

「告白しないの?」
「……ああ、そっか。考えてなかった」

少しの間の後に、数度瞬きをして腕を組む。
本当に考えていなかったのだろう、皿に残った苺のへたを見つめている。

「考えてもよくわからないけど、しないんじゃないかなあ?」
「ええ!? 告白しないの!!!?」
「うーん」

相変わらずいちごのへたを睨みつけていたが、店員さんに皿を下げられてしまい見つめるものがなくなった。
ちらりと店内中央を見る。
グランドピアノがある。

「…………ちょっと待ってね」
「え、ちょっとなまえ…………??」

なまえは店員に声をかけ鍵盤に向かって座る。
さらさらと和音を確かめて、満足そうに頷いた。

「じゃあよろしく、柚子」
「なにが!?」

なまえにちらちらとした視線が集まる。
彼女はそっと目を閉じ、背筋を伸ばして深呼吸。
目を開けると、もう柚子の正面に座ってゆるりと笑っていたなまえではなくなっている。
しん、と店は静まり返って、なまえはすっかりこの店の空気を掴んでしまった。

「なまえ」

柚子が小さく呼ぶ声は、なまえには聞こえていない。
指先が鍵盤に触れる。
奏でる音は静かで暖かい。
ただひたすらにそうかといえばそうではなくて、少しだけ寂しそうだ。
けれど、その寂しさを汲み取れる人間がここに何人いるだろうか。本当に少しの寂しさ。それ以外はただ幸せそうに音が置かれていくのである。
演奏は3分ほどだっただろうか、最後は一つの曲らしく今その感情の名前に気付いてどうするのかという迷いを見せて少し盛り上がった後に、ぱちりと終わってしまった。
うっとりと聞いていたほかの客は驚いていたが、なまえは席を立ち、柚子の正面に戻ってくる。
戻ってきた頃には、いつものゆるりとしたなまえに戻っている。

「こんな感じ」
「……まだ迷ってるってこと?」
「そう。ところで柚子」
「なに?」

頬杖をついて、ぽつりと言う。

「デニスくんは、どうして私と遊んでくれてるんだろうね」
「ええ???」

奴もなまえが好きだからに決まっているが、柚子としてはそれをなまえに言ってしまう訳にはいかない。
もどかしく眉を寄せるが、なまえはなんてことなさそうに続ける。

「女として見るに耐えなかったからかもって思ってたけど、最近はね」

ただ楽しくて嬉しくて幸せで、どこか寂しい。
ただの友達の好意を飛び越えてしまった想いが、思ったよりもいろいろな方向へ飛躍する。
例えばこれだ。

「デニスくんも、私を好きならいいのに」

なまえは少し笑って冗談めかしてはいたものの、同じような想いを抱える柚子にはなまえの気持ちはよくわかる。

「なまえの気持ち、すごく、わかるわ」

なまえの手を取ってぎゅっと握る。
お互いの手はとても暖かい。なまえがあまりに素直で真っ直ぐなせいで、柚子はうっかり涙が出そうになる。
同時に、力になりたいと思う。
なまえにはいつも話を聞いてもらっているし、隣にいてくれるととても頼りになる友人だ。だから今度は自分も。

「一緒にがんばりましょ」
「……うん。そうだね、それが一番だ。がんばらないと」

手を取り合っていて大変割り込みずらい空気であったのだが、一人の女性客が二人のテーブルの横に立つ。
ウエイトレスではなくて、その人は隣のテーブルに座っていた客だった。

「あの、さっきの曲」
「……すいませんもしかして、うるさかったですか?」
「いえ。なんだか少し元気が出たから。ありがとう」

こんな時彼ならば、となまえは考える。
そう言えば初めてあった時も人を喜ばせようと笑顔にさせようとしていたなあと思い出す。

「なまえ」

柚子に促されるより少し早くもう一度席を立つ。
少し自意識を高くしてみるのもいい。
ここにお礼を言いに来てくれたこの女性でなくても、ちらちらとこちらに向けられる視線は、次の曲を待つものだ。
なまえはもう一度ピアノの前に座って、今度はここにいる全員に向けた曲を。
デニスと出会った時も、なまえはこれよりずっと小さいピアノを弾いていたのだった。


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20161128:デニスくんがかわいい。
 
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