君に世話される諸々の日々03/デニス


ディスクの着信音が数度鳴ったから目を覚ます。
休日の朝はなぜかとても調子がいい。
かすれた視界で画面を見ると、見慣れない名前が表示されている気がした。
そのままふらふらと通話ボタンを押して、寝起きの声で「もしもし」と言った。

「おはよう! あはは、その声はもしかしてまだ寝てた?」
「デニスくん……? おはよう」
「おはよう、なまえ」
「……えっと、どうかした?」
「ああ、えーっと、急で悪いんだけど、もし、良かったら……」

デニスが口篭っているのは珍しい気がした。
なにか重大な話をされるのかもと思うと、だんだんと目が冴えてくる。
が、なまえにとってそれは、予想よりずっと楽しそうな申し出だった。

「出かけない?」
「いいよ」

即答であった。
布団から起き上がり早速用意をはじめる。

「時間は何時でもいいんだけど……って、え。いいって言った?」
「うん。行こう」
「! ほんとに!? いやまあなまえならそう言ってくれるって思ってたけどね! じゃあお昼くらいでいいかな!? 僕お弁当作っていくし、お昼ご飯の心配はしなくていいよ! じゃあ駅近くの公園にー、うーん、十二時ね! 待ってるよ!」
「んん」
「また後で! 気を付けてきてね」
「うん、デニスくんも」

電話はそれでおしまいだ。ぷつ、と繋いでいた線が切れるが寂しさはない。
すっかり覚醒するととくとくと心臓がいつもより熱を持って動いている気がした。それから、少し足元がふわふわする。浮かれているのだと気付くと寝間着姿のままの姿を鏡で確認する。
駅近くの公園、十二時、お昼は有る。
デニスがテンション高く押し付けるように言った言葉たちを一つずつ反芻する。
まだ時刻は八時を回ったあたりだ。ゆっくり支度をしてもだいぶ余裕がある。
がんばらなければ、となまえは思う。
が、顔を洗って部屋に戻ってクローゼットを開けると、そこには絶望が詰まっていた。

「…………うん」

なにを、着ていくべきなんだろう。
結局待ち合わせにはぎりぎりで駆け込み、間に合いはしたもののだいぶ待たせてしまった気配を感じ取り、デニスには平謝りをする他なかった。

□ □ □

首のあたりをしっかり覆うニットベストを中心に据えたスタイルとなった。
なんとか形にはなっていると思うが、細かい事は先生に指摘してもらおうと諦めて飛び出した。

「ご、めん……」
「時間ピッタリだよ? そのベストかわいいね」
「あ、ありがとうございます……寒い中、お待たせしました……」
「やだなあ、そんなのいいよ。……それより、お腹すいたんじゃない!?」
「重ね重ね……」
「はいはい、いいからいいから!」

ぜえぜえと肩で息をしながら、デニスに背を押されて近くのベンチに座るとはあ、と息を吐いた。
すかさず、「はいどうぞ」とお茶を差し出されてまた「ありがとうございます」と深々と頭を下げた。
お茶を飲んで、また一息つく。
冷たい麦茶が熱を持った全身を冷ましてくれるようだった。

「おいしい……デニスくんは神様かも……」
「君ってたまにすごく大げさだよねえ!」
「ありがとうございます…」
「拝まないで、ほらこっちも食べて」

栄養バランスが考えられた、いろんなサンドイッチに思わず涙が出そうになる。
自分も頑張らなければいけない、泣いている余裕はないのである。せっかく彼は友達になってくれたのだから、すごい、で終わらずに、教えて欲しいと頼んでみるのもいいだろう。
あるいは、自分で頑張ってみるのも楽しそうだ。クラスメイトに毒味を頼んで、次に本屋で買う本は料理本になりそうだった。

「おいしい…」
「も、もう……流石に照れるからやめて?」
「ごめんねもっとこの感動を表現できる言葉が思いつけば……」
「充分伝わってるよ。いつもよりテンション高めだし相当気に入ってくれたんだなって」

にこり、微笑むデニスは笑顔を作るのが慣れているようで、なまえは安心した様子で息を吐く。
いれてもらったお茶を飲みながらなまえは満ち足りた気持ちで道行く人を眺めていた。

「……あー、えっと、なまえ?」
「ん?」
「今日はどこに行くのか、とか、気にならない??」
「そういえば。どこにいくの?」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました!」

デニスの様子に、なまえもつられてふっと笑う。
デニスはなまえの不意の笑顔に勢いを少し持っていかれるが、目をそらして顔をそらして咳払いをすると、どうにか調子を取り戻した。

「今日は、駅前に新しくできたショッピングモールに行きまーす!」
「おー」

ぱちぱちぱち。
賑やかしなれないなまえは、はじめこそデニスのテンションの高さをどうしていいか迷っていたが、最近はすっかり合わせることを覚えていた。
合っている、とも言えないようなものだが、その流れはひどく自然だった。

「食べ終わったら早速行こうね」
「んん」

最近わかってきたのはそれだけではない。
デニスはどうにも自分の本心を隠すのがうまいらしく、まだまだそれを見抜けることはなかなかないのだけれど、今は少し、不安に思っている、様な気がする。
笑顔にも色々種類があるのだ、とデニスを見ているとわかる。

「デニスくん」
「なに?」
「私はデニスくんの話すごく好きだから、お店見て回るついでにまたいろいろ教えて下さい」

が、フォローするのも慣れていない。
照れが混じって敬語になって、深々と頭を下げた。
下げてしまうとデニスの表情は見られないが、ぽん、と肩に手が置かれて顔をあげる。

「うん! 覚悟しといてね? なんならノートとペン買っていく?」

とくり、と胸が熱くなる。この笑顔を見ると、いつもだった。

「あるよ」

しゃき、とノートとペンを取り出すと「さっすがー!」と拍手が送られた。
最近怖いくらいに、この瞬間が楽しいのである。
なまえも頬に集まる熱を感じながら、ゆっくりと目を細めた。

□ □ □

ひたすらにふらふらとして、色々なものを見た。
前雑誌で見ていた秋の新作のワンピースとか、他にも何着か。
それからデニスの買い物にも付き合って、なまえはずっと笑っていた。デニスもいつもの様子で楽しそうで、足取りも軽く嬉嬉としている。けれど、くるくるとよく動く手は時折なまえの片手を捉えようと動いては、あと数センチのところで引いてしまっていた。
なまえは気づいていないようで、デニスが指さす先や、きらきらとした専門店を見るのに忙しそうに視線を動かしていた。
ある店の前でなまえの視線と足がピタリと止まった。
おしゃれなケーキがディスプレイされた喫茶店の前だ。
あの時、なまえと柚子とお茶をした時、なまえは柚子に付き合ってケーキを食べていたわけではなく、なまえも好きだから食べていたらしいことがわかる。
まだまだ、花より団子なのであった。

「なまえ」
「はっ……ごめんつい……」
「休憩しよっか」
「! ここ?」
「そうだね、ちょうど待たずに入れそうだ」

なまえの目がきらりと輝く。
デニスは眩しそうにはにかんで、もうどのケーキにするか悩んでいるなまえの後ろ姿を見つめていた。
店員に席へ案内されて、そのうちにケーキセットを注文した。
なまえの前に置かれたケーキは。

「今日はティラミスだね」
「うん。いただきます……!」

次はどこへ行こうか、だとか、どんなケーキが一番好きなのか、とか、そういうことを聞きたいような気もしたが、あまりにもなまえが幸せそうにティラミスを頬張るものだから、ついつい自分の方の手は止まって、なまえをじっと見つめてしまう。
人が笑っているのを見るのは好きだ。
エンタメデュエリストとして当然の気持ちなのだろうけれど、なまえの好意を一心に受け止められる甘味の存在が羨ましいとまで思うのはやはり。
なまえは素直で優しくて、真っ直ぐすぎる女の子だ。
そんななまえが、すう、と視線を上げる。
さすがに見すぎただろうかと焦るが、デニスの視線はなまえとは交わらない。
何か別のものを見ているようだ。

「なまえ?」

呼びかけるとようやくちらりとこちらを見て、そしてつい、とデニスの後ろを指さした。

「あの水槽、水槽だけかと思ったらちゃんと泳いでる」
「え、ああ、本当だ。なまえはああいうのも好きなのかい?」
「うん。面白いよね」
「それなら、」

今度は水族館にでも行ってみる? つい口から滑り落ちそうになった言葉。
けれどそれが外に出ることはなく。
言ってみてもいいものか、そこまで言ったら流石に引かれてしまうのかと考えていると、くるりとなまえが、今度は完全にこちらに向き直った。

「水族館に行きたいね」
「え?」
「……あ、ごめんあんまり好きじゃない? 魚を眺めるのとか」
「いや、そんなことないよ。いろんなショーもあるし……」
「ああー、いいね。見たい」
「じゃ、じゃあ今度は、水族館で決まりだね」
「ん、やったね」

今日出かけたことも、なまえがこれについてどう思っているのかは分からない。ただの勉強会くらいに思っているかもしれないし、こっそりとデートだと思ってくれているのかも知れない。
けれど、なまえの浮かべる笑顔にはあまりにも裏がなくて、思わず自分のケーキを捧げたくなってしまう。
デニスの手のひらはそっと自分の口元をおおって、赤くなった頬を隠す。

「それって、さ」
「?」
「ううん、なんでもない」

デートだね。
言えたらなまえはどんな反応をしたのだろうか。


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20161115:デニスくんは、かわ、いい!
 
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