君に世話される諸々の日々02/デニス


読書の秋とは言ったものの、珍しい種類の本を黙々と読むなまえには、迫らずにはいられなかった。

「で?」
「ん?」
「とぼけんじゃないわよ昨日のことよ」
「ああ、本買ってきた」
「でしょうよ! そうじゃなくて! どうだったの!!?」
「んー? 楽しかったよ。ありがとう」
「………からかおうと言う気を根こそぎ削いでくる……もういや……」

「ん?」となまえは首を傾げるが、しばらくクラスメイトから反応がないとみるや、再び手元の雑誌に視線を落とした。
上機嫌ななまえの様子に、いろいろと聞き出したいのだけれど、なまえは自分からベラベラと話をするタイプではない。

「まあ、いいわよ……。今日の放課後ゆっくり……」
「あ、今日は」
「もしかして、今日も……」
「ちょっと塾の子と約束が」
「まさかまた男では…」
「ううん、女の子。かわいい」
「ならよし。行ってきなさい。かわいい女の子との約束は最優先よ」
「んん」

最終的になまえは聞いているのか聞いていないのかわからない返事をする。
ふと、そのクラスメイトもなまえの雑誌を覗き込む。
秋の新作の特集ページに、一際目を引く服は、なまえに似合いそうだと感じた。

「これ、似合いそうね」
「! 誰に?」
「なまえに。……どうしたの? 不思議な顔して」
「ううん。デニスくんにもそう言われたから」
「ふぅん」

どうやらあの優男は、思ったよりもちゃんとなまえを見ているらしかった。
色々思うところはあるが、ひとまずは安心する。
きっとなまえは、変な男に引っかかっても、「そういうこともあるね」なんて恨み言一つ言わずに笑うだろうから。
なまえを大事にしてくれるのならば、何も文句はない。

「なまえ」
「ん?」
「何かあったら言いなさい。絶対よ」
「……うん。ありがとう」

どうかあの男が、ここにいる誰よりもなまえを大切にしてくれることを祈る。

「あ、このモデルの子イケメン」
「どこ?」
「どこってあんた……」

なまえは相変わらずどこか抜けていてぼうっとしているが、クラスメイトはただ呆れたように笑って、なんでもないような雑談に戻った。

□ □ □

なまえは、授業を終えると3秒ほどで帰り支度を整えた。
そのまま挨拶もそこそこに教室から出る。
こっそりと廊下を駆けながらカバンをきっちり閉めて、未だかつてない早さで靴に履き替え外へと飛び出した。
秋も半ばで冷え込む季節に、女の子を待たせるわけにはいかない。
そんな気持ちを抱えて待ち合わせ場所へ急いでいた。

「あ、」

待ち合わせ場所とは少しずれた道の路地で見つけた、が。

「ちょっと、やめて下さい!」

ピンクの髪を左右で括った快活そうな少女は、何人かの男に絡まれていた。
彼女こそが、なまえの待ち合わせ相手、柊柚子であった。
急いできて良かった。
そんなふうに思った後に、迷わず柚子と男達の間に割り込む。相手は3人。

「なまえ!?」
「……行こうよ、柚子」
「うん……」

明らかにほっとした表情の柚子の手を引くが、抜けようとした道の前に立ちはだかるように彼らが立った。
とても上品であるとはいえない表情でなまえと柚子を見下ろしていた。ぐるぐると体の中の何かが動き回るような不快感には、気付かない振りをしながらも。
なまえはそっと柚子を背中に隠す。

「おっと、なんだその目は」
「おとなしく付いてこりゃ悪いようにはしねえって」

はあ、となまえは息を吐く。
左側には柚子。
右側には、隣の飲食店のものだろうか、木箱や空き瓶、いろんなものが積まれていて右手を伸ばせば届くだろう。
そこに、思い切り右拳を叩き込む。
とにかく派手な鈍い音が重なり合って路地に反響する。
び、となまえは右腕を振り直して手や袖に付いたホコリを払う。
そして一言。

「なにって?」

がたがたと震える男達のうち1人が後ずさる。
なまえはひたすら真っ直ぐに彼らを見上げて威圧する。
真ん中の男を見ていた視線は、後ずさった男の方へ。「ひぃ」と軽い悲鳴が漏れ出たところで、そのうちのひとりはばっと後ろを振り返って走り去って行った。それに続くようにほか2人もどこかへ逃げ去った。
なまえはす、と瞬きを一つし、その両目から剣呑な光を消し去って柚子に振り返る。

「だいじょう、」
「バカ!!」

大丈夫、ではあるようだが、柚子は涙目でなまえを睨み、なまえの右手をとった。
鋭い痛みが脳に伝わる。

「ほんとにもう! なまえは無茶ばっかりして!! これ、痛いでしょ……」
「……」

そんな顔をさせるつもりはなかったのだけれど。
なまえは空いている方の手でそっと柚子の頭を撫でた。
右手は、だんだんと赤黒い紫に。
出血こそしてはいないものの、痛々しいにも程がある。

「大丈夫だよ。ありがとう」

慣れた手つきで鞄から薄い手袋を取り出す。
黒い手袋をはめたら、怪我はすっかりわからない。

「ね?」
「ね、じゃない!!!」

ただでさえ目を引いていたのに、余計に通行人の足を止める。

「本当に、ただの内出血だよ。大したことじゃない」
「……ほんとに? ほんとにもう痛くないの?」
「痛くないよ」
「ほんとのほんとに?」
「うん。大丈夫。待たせてごめんね……」
「待ってないわよ……、あと、」

柚子は泣きそうな笑顔で言った。

「ありがと」

なまえは、握られている右手の痛みを一瞬忘れて、同じように笑顔で。

「どう、」

いたしまして。その言葉は最後まで続かず。
代わりに。

「あーーー!!!」

これまた周囲の注目を集める大声。
柚子もなまえもきょとんと目を見合わせて、声のした方を振り返った。
こちらを指さして声を上げたのは。

「デニス……? どうしたのよこんなところで」
「どうしたじゃないよ! すっごい音がしたから来てみれば、見知った二人がいるんだから驚いたのなんのって!! なにやってるんだい!?」

鮮やかな少年はくるくると喋る。
身振り手振りもオーバーで、道行く人たちも気になって仕方がないようだ。
「デニス、なまえと知り合いだったの?」「それはこっちのセリフ!」と長くなりそうな問答も始まってしまっていて、なまえは二人の腕をとる。

「とりあえず、行こう」

落ち着いて話ができるところへ。
本日、柚子とは新しくできたカフェへ行く予定だったが、予定は少しだけ変更となって、メンバーにデニスが加わった。

□ □ □

どこに行っても、人目を引くことは避けられなかった。
かしゃん! と紅茶のカップが音を立てる。同時に。

「えっ、絡まれた!!?」
「そうなの……」
「それは、大丈夫なのかい?」
「全然大丈、」
「大丈夫なわけないでしょ! 見てよこれ!」
「いっ」

ぐい、と柚子に右手を引かれて手袋をばっと外される。
痛みを噛み殺して柚子を見るが、そんなことよりもなまえの手の惨状を彼に伝える方が先決であるらしい。
思わず目をそらしたくなるような邪悪な紫に、デニスはぴしりと固まった後にわなわなと震える。
「Oh,mygod!! どうしたらこうなるんだい!?」「なまえったら自分でね…」「Whats!!? 自分で!!? なんでそんなことを!!?」なまえは彼らのテンションにはさっぱりついていけていないで、紅茶に角砂糖をもう一欠片追加した。
ただ、デニスに見つかるとは思っていなくて、柚子に心配をかけた分とは別に、罪悪感が沸き上がる。
乾燥する季節だからとハンドクリームをもらったりして綺麗にしてもらっていたのに。
こんな色になってしまった。
デニスと柚子はひとしきり盛り上がった後に、じっとなまえの方を見た。
二人の視線は、なまえの心に突き刺さる。
ただただ心配しているというのがわかる眼差しに、なまえはどうにもならなくなって曖昧に笑った。

「大丈夫だよ。ごめんね」

柚子から解放された右手をひらひらと振る。問題なく動く。やはり大した怪我ではないのである。
ついでに、奪われていた手袋も取り返しもう一度つける。
丁度ケーキを持ってきてくれた店員にはそれを見せずに済んでほっとする。
視線はなおも刺さるが、目の前に来たフルーツタルトに目を輝かせて、「いただきます」と手を合わせた後にフォークをさくりと差し込んだ。

「おいしい」

なまえの様子に、デニスと柚子は諦めた様に息を吐いて、自らの前に来たケーキを食べ始める。
確かにおいしい。

「はあ、もういいわよ……。次やったら怒るからね!」
「もう怒ってると思うんだけれど」
「うるさい!」
「ははは……まあ、無事、ではないけど、二人が元気そうで何よりだよ」

なまえは頷いて、そのまま話題も変えてしまおうとケーキを飲み込んでから口を開く。

「柚子とデニスくんも知り合いだったんだね」
「まあね、でも、私達はともかくとしてなまえの方がびっくりよ。二人はどういう関係? もしかして付き合ってるとか?」
「聞きたいかい!? えーっとそれはね……!!」
「先生だよ」
「え」

その一文字は、デニスと柚子から同時に発せられた。
なまえはなんなら少し微笑みながら、若干誇らしげに続ける。

「デニスくんは、先生」

予想外の言葉に柚子も「そう、なの?」とデニスを見るが、何やらすっかり沈みこんでしまっていてがっくりと肩を落としている。
なまえの様子はともかくとして、デニスの様子は明らかになまえの反応に落胆した様子で。
ケーキに夢中ななまえを横目に、柚子はデニスにこっそり耳打ちする。

「好きなの?」

デニスは泣きそうになりながらもどうにか笑って、

「僕は、ね」

柚子の両目がこれでもかというくらいに輝いて。
なまえを傷付けないと約束するなら協力してもいいと有難い申し出を受けたデニスであったが、その程度では「先生」と言われた微妙を拭い去ることは出来なかった。


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20161108:だから長いって…
 
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