君に世話される諸々の日々01/デニス


昼休みの学校はほどよくざわついていて、ほんの1メートルほど離れた相手の言葉さえ時々かき消される。
少し浮いた奇声なんかも聞こえてはくるが、その浮き方さえも日常の範囲内で、とても気になると言うほどではない。
同じように、なまえの行動も全体で見たのなら大したことはないのだけれど、なまえをよく知るクラスメイトからしたらその姿は違和感でしかなかった。
当のなまえはと言えば、クラスメイトの視線など気にもせずに、黙々とお手本のような弁当をつつきながら背筋を伸ばして座っている。
何も知らないクラスメイトは不思議そうに言った。

「なまえ、なんか変わったよね?」
「うんうん、いつからお弁当だったっけ? いつもカレーパンかメロンパンだったのに」

クラスメイトの言葉に、なまえは首を傾げながら。

「焼きそばパンの日もあったと思うけど」
「そういう話じゃなくて! それに肌も綺麗になってるし背筋も伸ばしちゃって……すごくいいとこのお嬢さまみたいだよ?」
「……」
「一言で言うとさ」

なまえ以外が口を揃える。

「女子力上がったよね?」

なまえは、自分の好みに味付けされた卵焼きを飲み込むと、クラスメイトのキラキラとした視線を払うように弁当に視線を落とす。
確かにとても美味しいし、女子力が高いと言う感想には納得だ。
だが、彼女達にどんな言葉を返すべきか、なまえは迷って箸を止める。

「……これはやっぱり」
「ええ、そうですわね奥さんこれは!」

悩むなまえをよそに、外野は勝手に盛り上がる。
肌寒い教室の一角が、普段とは異なる熱を帯びていく。

「? なに?」

なまえはひたすらに首をかしげている。

「彼氏ができたんでしょ!!!」

その言葉はなまえの思考を一瞬止めるが、確信には至らない。
ただ、なまえの少し返答に困ったように弁当をつつく姿に、クラスメイト達は、どうやら当たらずしも遠からずであるようだと、やはりボルテージが上がっていく。

「…………いや、なんていうか、そういうのではない、はず」
「どんなひと!!?」
「顔は!? 背は!? デュエルは強いの!!?」

なまえの困惑などまるごと押し返してクラスメイトは身を乗り出す。
ちらりと、クラスメイトを見る。
いつになく目がキラキラとしていて、ここから逃げるのは難しそうだ。
とは思いつつも、そっと無言で席を立ち、弁当を持ったまま教室の外へ出ようとする。
なまえの行動が逃走にあたるものであるとわかるや否や、クラスメイトの2人に取り押さえられて元の席に戻される。

「……」

何かしら話をするしかないようだ。

「まだよく知らないけど……。たぶん世話好きだと思う」
「かー! 世話されてそんなにかわいく!? 世の中は無情だ!!!」
「無常?」
「そっちじゃない。はい、続けて?」
「デュエルは、みたことない」
「それで?」
「……最近、友達になった」
「あれ? 彼氏じゃないの?」
「違う」
「なーんだ」

彼氏ではない、という言葉は彼女達にとってどういう重さをしているのか、燃え上がっていた炎は緩やかに勢いを殺して。
クラスメイト達は少しだけ冷静さを取り戻した。

「なまえに彼氏なんて、みんなで品評会しなきゃと思ったのに」

品評会、は些か言葉が悪い気もしたが、クラスメイトたちが出すゆるりと少しだけ暖かい雰囲気に助けられ、嫌な感じはしなかった。
「品定めをしてやろうと思ったのに」と言うよりは、

「そうね、なまえが変な男にひっかからないように」
「うんうん、なまえってぼーっとしてるから」
「何かあったらまた教えてね」

なまえは、逃げる必要はなかったかもしれない。と肩の力を抜く。我ながら良い友人を持ったものだと誇らしく、同時に感謝の気持ちがぽろりと零れる。

「……ありがとう」
「いいのよ! だってそんな面白い話滅多にないから!」

どちらの比重が重いのかは、なまえにはわかりようのないことであった。

□ □ □

昼はあんなに盛り上がっても、もう放課後ともなればすっかりいつもの調子だった。
学校に残す用などないし、さっさと帰ろうと準備を始める。
背筋を伸ばしているせいかいつもよりもテキパキと、カバンに教科書とノートをつめはじめる。
そんな時、徐に近付いてきた女子生徒が窓の外を見てなにやらぽかんとしている。
なまえも倣って、窓の外を見た。

「なにあれ?」

近くに居たクラスメイトが言う。
学校がやけに騒がしい。
校門に女子が集まっている、いや、よく見れば1人の男がその女子集団の中心にいる。群がっていると表現する方が正しいかもしれない。
少し窓によってみる。
オレンジ色の明るい髪に白い肌。
全体にすらっとしたそのシルエットには見覚えがある。

「あ、デニスくん」

なまえの方を、何人かのクラスメイトが振り向く。

「え? なまえ知り合い?」
「うん、昼の……」
「え?? なら、なまえを待ってるんじゃない?」
「どうだろう……、あ、でも電話入ってる……」

ディスクに着信履歴がある。
デニス・マックフィールド、と映し出されているのを、みんなが覗き込みに来ては、その画面となまえの顔とを見比べた。
電話をかけ直すべきだろうか。
なまえの所作の一つ一つが見守られる中、がらりと教室のドアが開いて、委員長風のクラスメイトがなまえに声をかけた。

「みょうじさーん! なんかあの人、みょうじさんに用事あるみたいだよー!?」

電話の必要はなさそうだ。
ディスクをしまうとカバンを持つ。
なまえはひらひらと手を振ってなんでもないように歩き出した。

「じゃあ、また明日」
「明日、詳細、超、待ってるから!!!」
「うん」

教室を出て靴を履き替えて門に近付く。
大きくなる、彼を取り巻く女子の声。どう声をかけたものだろうか。やはり電話だろうかとそっとカバンに手を置いた。
が、ほどなくして、デニスはこちらに気づいてぱっと顔を輝かせた。
今までだって笑顔で対応していたと思ったが、今確かに、その笑顔が華やいだのがわかった。
思わずどきりとする。

「なまえ!!」

けれど、名前を呼ばれてはっとして、ひらひらと手を振り返した。
わざわざ自分から彼女らの中に割って入らずに済んで安堵する。後は、デニスが近くに来るのを待っていればいい。
デニスは女の子たちに「Sorry」なんて笑いながら、何重にも重なった女子の壁をすり抜けて、なまえの目の前に立つ。
なまえは、残念そうにする女子生徒の声や視線に気づかなかった振りをする。

「やあ、なまえ。こんばんは! それにしても、僕って人気者だなあ!! こんなに目立つつもりじゃなかったんだけど……、ん?」

なまえは一先ず「こんばんは」と挨拶を返すと、そっとデニスの服の裾を引いて、校門の外へ歩き出す。
見えないふりをしても、居心地の悪さは拭えないようだ。何か用があるにしても場所を変えてからにしてほしいと言うなまえの意思をデニスは即座に汲み取った。
「OK」なんて笑うと、片目をパチリと閉じる。
少し歩いて、生徒がまばらになってくるとなまえはデニスを見上げて言った。

「どうしたの?」

彼が学校まで来たのははじめてだった。
なまえはふ、と握っていたデニスの服の裾を離す。
デニスは少しだけ頬を赤くしながら、なまえの言葉に答えるためにいつもの調子でにりと笑う。

「たまたま近くまで来る用事があってね? それで、なまえと一緒に帰れたらいいなと思って待ってたのさ! で、ついでにどこか寄り道していけたらいいなって思ってたんだけど……どう?」
「うん。どこに行く?」
「いいのかい?」
「デニスくんの話はいつも面白いから」
「ありがとう! そう言ってもらえると嬉しいなあ! よーし、そうと決まれば、let's go!」

「おー」と、慣れない同意をしながらも、今度はなまえがデニスについて行く。
その様子にデニスは満足そうに笑みを深めた。

「ねえねえなまえ、ほら、みてよこれ! 秋の新作なんだってさ! 絶対似合うから今度買いに行こうよ!!」
「これ?」
「そうそう! あ、もしかして疑ってる?」
「……ちょっとね」
「やだなあ、僕がなまえにおかしなものをすすめたことなんてないじゃない。これも本当に似合うと思うよ」
「そう、かな」
「絶対そう! ほらそのヘアピンだっていい感じだよ!」
「うん。気に入ってる」
「うんうん! いいねいいね、今度髪の毛のいじり方も教えてあげるよ!」
「ありがとう。お願いします」
「どういたしまして!」

カフェで雑誌を広げて談笑する姿は、青春真っ盛りの女子同士のようだ。
デニスが一人で三人分くらいのテンションを携えている為、その一角はやけに賑やかで、そしてふわふわとした不思議な空気が漂っていた。
どうやら二人は仲が良いらしい、傍目から見てわかるのはそれだけだ。

「このヘアピンを貰ったお礼もまだなのに……、ごめん」
「そんなのは、僕がやりたいからやってるだけだよ」
「お弁当もすごく美味しかったし、いまいちなにも返せなくてほんとに……」
「いいんだって! それに、なまえに謝られるとなんだか寂しいなあ……」
「う、その、ごめんね」
「また謝るー」

どうしたものか、なまえは迷って視線をさまよわせると、さっきまでデニスがなまえに見せていたファッション雑誌が目に留まった。
少し無理やりだが、なまえは言う。

「デニスくんは、どこでこういうの調べてくるの?」
「雑誌とか、本とか、インターネットとかいろいろだよ。あ、オススメを教えようか!?」
「うん。買って帰ろう」

一切の迷いなくなまえは頷いて、デニスはそっと微笑んだ。

「ほんと?」
「これ、見てもいい?」
「もちろん! あ、僕のオススメのページはこことここと……それからこっちと……」
「うん」

デニスの言葉をじっと聞いている。
なまえは彼の話を本当に面白いと思っているし、勉強になると思っているようで、時折何度も頷いて、デニスが指差すその先を追う両目はきらきらと輝いていた。
この後は本屋に行くことも決まり、なまえは真剣そのものだ。

「ふふ」
「どうかした?」
「なんでもないよ。ただ、やっぱり僕は」
「?」

「なんでもない」それだけの言葉が、ひどく幸せに響いた。


------
20161103:デニスくんがかわいすぎてつらい
 
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -