誰もいらない/デニス
それはまるで、別れの言葉のようだった。
「デニスに好きになってもらえてよかった」
なまえは笑っていて。
僕はきょとんと彼女を見つめた。
そんな風に、これが最後みたいな言葉やめてくれ、と言おうか迷うが、こんな話をすることはなかなかない。
うるさいくらいに付きまとって。鬱陶しいくらいにいろいろとした。ついでに言えば信じられないくらいに気持ちを伝えた。なまえは困っていたと思う。
その甲斐あってかそんな僕を選んでくれたなまえは最終的に、全部を肯定するみたいに笑っていた。
影も光も携えた笑顔。僕は彼女の隣がとても好きだ。
「……どうしたの、急に」
それでもまだわからないことはたくさんある。
僕が言うと、なまえはニッと笑を深める。
「まあ、そのままの意味」
かっこいい。あるいはかわいい。
僕は、本当にこの子が好きなのである。
その言葉は、どうあったって嬉しいものだ。
「それは嬉しいね……、僕もなまえを好きになれて良かったよ」
茶化したい気持ちがそこまで来ているけれど、それももったいない気がして真面目に答える。
なまえはなんとも言えない顔でふ、と笑った。
そして無言でデッキを取り出す。
「……デュエルしよう」
「……新しい照れ隠しだね」
断る理由は、ないんだけれど。
でも何となく、まだ少し話をしていたい気がした。
気がしたはずだけど、デッキをことりと自身の左側においた彼女の視線はただの決闘者の目だったから、そのままデュエルをすることにした。
「「デュエル」」
それはおかしいと指摘する人は誰もいない。
「あ、デニス先行でいいよ」
「はいはい、じゃあ、相手が名前でも手加減しないよ」
「そんなもんしたら縁を切る」
「それは、嫌だなあ」
カードに触れる指先がキラキラとしている。
僕の手も、なまえにこんなふうに見えていたらいいのに。
効果を読み上げる彼女の声が、ひどく心地良い。
僕の声も、なまえをこんな気持ちにできていたら。
雑談なんかも交えつつゲームは進行していく。
カードを引く瞬間はいつでもドキドキして、彼女のカードがフィールドで暴れるのは、怖いけれど気持ちが良い。
楽しそうだ。僕も楽しい。
こんな気持ちを、今はきっと共有できている。
「あ」
「僕の勝ち、だね」
「んーーー、なるほどねーーーー」
手札をぱさりと机に置いて、腕を伸ばして後ろに倒れる。
寝転んだ状態のまま、机の上のカードを手探りに集めて、その中身を眺めていた。
調整中のデッキであったようだが、調整中にしては、気合の入った面白いデッキだった。おとり人形なんて今どき誰が使うのかわからないようなカードが入っていたりするのは、まあ、いつものことだった。
デッキの中身を眺めてぶつぶつと言っている彼女は負けを悔しがるのもそうそうに切り上げて、もう次のことを考えている。
僕も大概前向きな方だが、彼女はもっと真っ直ぐで前向きだ。
「カードショップとか、行くかい?」
デッキの強化へ向かおうか、提案するが。
彼女は、身軽に上体を起こし、まじまじとこちらを見つめていた。
珍しいものを見たと言うように不思議そうに首をかしげて。ふ、と口元を綻ばせてゆるゆると首を振った。
「いや、今はデニスと遊んでるの楽しいから」
今度は、僕がびっくりする番だ。
全く本当にこの子はいつも。
「……なまえ」
口元を抑えてそっぽを向いて、すっかり熱い頬を隠したかったが、口ではなまえを呼んでしまっていて、なまえはこちらを見る。
「あ」
僕の表情をしっかりと見るなり、自分がなかなか恥ずかしいことを言ったと気付いたらしい。
なまえも僕と同じような顔をして沈黙した。
「……」
数秒の膠着状態の後。
「もう一度お相手願おうか……!」
「受けて立つよ、お姫様」
他に誰も見ていないのにそんなふうに中途半端に盛り上げて。
僕らの時間はまだまだ続く。
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20160927:デニスくん好きすぎで笑える。