名前をかく/エド


「書いてみてくれないか」

どうして、とか、なんで? とか、いろいろ疑問はあったけれど、まあその程度ならばと承諾した。
紙とペンを受け取り、その白紙の紙へ向かう。
エド・フェニックス。
彼の名前を今からこの紙に書く。
……。そんなことを言われた理由は、わからない。
私が行動するのは、ただ、彼が書いてみてくれと言ったからだ。

「……」
「はい、できたよ」
「ああ」

まあ、汚い文字ではないにしても、素晴らしく天才的に綺麗な文字かと言われれば微妙なところだ。
ちらり、とエドを見上げる。
彼はまじまじと私が書いた文字を見ている。
筆跡鑑定とか、筆跡占いとかできるのだろうか?
だとするならば、結果が気になるところだ。

「ありがとう」

しばらく待ってみるが、特に彼は何を言うでもなく。

「あの、エド?」
「ん?」
「それ、どうするの?」
「別に、どうもしないが……」
「どうもしない」
「何故?」

エドはきょとんと首を傾げる。
それを聞きたいのはこちらだった。

「いや、何に使うのかなと思って」
「……、こんな紙切れに書いた名前なんて、なにかに使えるわけがないだろう」

その通りだが。
ならば何故。
私も首を傾げて考え込んでいると、エドはそのうち、小さく「しかたがないな」と言った。

「……なにしてるの?」
「ちょっと待ってろ」

待っている。
エドはやたらと大事そうに持っていた私が彼の名前を書いた紙の、余白部分を綺麗に切り取る。
そしてそれに、ペンですらりと私の名前を書いた。
みょうじなまえ。
エドが書く私の名前は、なんだか少し特別に見えた。

「わかったか?」
「ん?」
「ほら、これで、今の僕の気持ちがわからないか?」
「わか、るような、わからないような」

私はその紙切れを受け取り、まじまじと見つめる。
そう言えば、名前っていうのは、人生で何回書くことになるのだろう。
もしかしたら、そんなに数はいかないのかもしれない。
そう思うと少し。
少しなんだろう。
エドはこんな気持ちなのか?
たぶんちがう。
もう一度考える。
これは、エドが書いた私の名前なのだ。
大切なのは、この点だろう。

「ちょっとだけ、嬉しいね。何欲が満たされているのかはわからないけれど」
「そうだろう?」
「うん」
「なまえ」
「ん?」
「今度はこっちに」
「んん?」

今度は少し綺麗な紙切れだ。
婚姻届と書いてある。
いやいや。

「エド、あの、ね」
「ダメかい」
「死ぬほど嬉しいんだけど、でも、私は」
「いいさ。言ってみただけだ。書いてもらえればラッキーくらいに思ってた」
「……」

エドとは。
まあ、恋人同士なわけだから、最終的にはそんなことがあってもおかしくはないわけだけれど。

「もともと、この関係になるのだって君は躊躇っていたんだから。僕は待っていることにするよ」
「あの、エド。もし、重荷に思うなら」
「おっと別れるなんて言わないでくれよ。僕がそんな短気な男に見えるのか」

正直あまり気は長くない方だと思うが。
私はそっと手を伸ばす。
サラリとした銀の髪に触れるが、エドはただこちらをまっすぐに見ていた。
私はまだ、やりたいことがある。
きっと、結婚してエドの帰りを待つのも楽しいのだろうけど、エドを支えることに尽力するのも楽しいのだろうけど。
まだ、そちらに行く気がない。
恋愛も本当はする気がなくて、エドには割と無理を聞いてもらっている。最も、エドは無理を言っているのは自分だと思っているようだけれど。

「好きだよ、私は、エドのこと、大好き」
「……ああ、すまないな。気を遣わせるつもりじゃなかったんだ。ただ君は」

目標がある。
だからそれに近付いて、ひとりで生きていけるようになるまでは、どのみちこんな私じゃきっと迷惑をかける。
もっと、がんばらないと。

「君こそ、もし、僕を負担に思うなら」
「……」
「言ってくれ、別れはしないが」
「ありがとう、がんばるよ」
「ああ。君がそういうなら、僕は全力で応援するだけだ。君がそうしてくれているように」

エドは私が書いた彼の名前の紙を大事そうに持っている。
私もこれを、大切にしよう。

「なまえ」
「うん」

少し寂しげに、けれど嬉しそうに微笑んで、エドが私に言う言葉は全て、信じられないくらいにキラキラしている。


----
20160628:エドは可愛い
 
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -