立ち止まる一瞬/権現坂昇


綺麗な青色の空の、優しい風が吹く朝だった。
ただ、一瞬だけ足を止めた。
その瞬間を権現坂はしっかりと見ていて、そしてまた歩き出す背中に小走りで寄っていって、声をかけた。

「おはよう、どうかしたのか」
「わ、あ、おはよう、権現坂」

そのまま隣を並んで歩く。
声をかけられたなまえは少し驚いて、びくりと震えたが、声の主が権現坂だとわかると、そっと肩の力を抜いた。
なまえも、遊矢や柚子、権現坂の幼なじみではあるものの、他三人と比べてしまうと気が弱く埋もれがちであった。
しかし、割合にしっかりしていて落ち着いているので、例えば揃って迷子になったときであるとか、いざという時真っ先に動くのは彼女であるので、3人の中では、なまえが一歩引いているなんて意識はなく、なんなら一番頼りになると感じていた。
そんな彼女が、朝から少しさみしそうに立ち止まる姿を見てしまっては、誰もほうっておくことは出来ない。

「どうかした、って言うのは、もしかして、さっき挙動不審だったの見てた?
「ああ」
「そうなの……あー……」
「体調でも悪いのか?」
「いやいや、そんなことないよ! ……まあそういうことにしようかな、とは思ってたけど」

しっかりとした否定の言葉の後は、ぼそぼそと小声であったため、権現坂はうまく聞き取れずに首をかしげた。

「ん? どこも悪くは無いのか」

なまえは曖昧に笑って、応える。

「うん。大丈夫」

確かに大丈夫そうではある。
だが、自分のやりたいことをあまり口にしない彼女のことだ。
またなにか隠しているのではと、権現坂としては、簡単に納得する訳にはいかなかった。

「本当か?」
「ホントホント」
「誓って、本当だな?」
「心配性だなあ……」
「やはり嘘か!」

なまえとしては、嘘をついているつもりは無いし、ついていたとしても大したことではない。しかし、あまりの言われ様に思わず苦笑してしまう。

「人を嘘つきみたいに……」

言われて、権現坂ははっとした後、確かに言葉に問題があったと思ったのか、少し俯いて軽く頭をかいた。

「む、すまん。……だが、こうでもしなければ俺達は知る事すらできないだろう」
「それは、まあ。ありがたいんだけれどね」
「……本当に大丈夫なんだな?」
「そうだね。権現坂が声かけてくれたし、大丈夫」
「そうか……、ん? やっぱりなにかあるのではないか!」
「なーいよ」

まだ、権現坂はなまえをじっと睨んでいたが、このあたりであまりしつこいのもと思ったのだろう、諦めたように息を吐いた。
実のところ、こんなにいい天気の日は部屋の窓でも開けて、風でも感じながら寝ていたいと思った。
それだけの理由で帰って休もうかと一瞬足を止めたなんて、言わない方がいい気がしていた。彼は真面目だから、きっとあまりいい顔はしないだろう。
落ち込んでいるとか体調が悪いとかではない。
それに、なまえが言ったことも本当だ。
権現坂に声をかけられて、ああ今日も学校がはじまるな、とゆるりと思った。
こんな良い朝を、あと少しだけ、学校まで、親しい友人と歩けるのならそれもいい。

「それにしても……、いい天気だね」
「ああ。こんないい天気の日は早朝のランニングが楽しくてな」
「へえ」

本当に楽しそうに微笑んで、権現坂は言う。
ああ、なるほど、となまえはつい考え込んでしまう。権現坂は、だらだらする以外のこんな天気の日の楽しみ方を知っているんだな。
考えて、面白いなと思わず笑う。

「……なんだ?」
「いやあ、早起きすごいなって」
「そう言うなまえも早起きのはずだ。いつも弁当を作っているだろう」
「今日はちょっと手抜きだけどね……」
「……やっぱりなにかあるだろう!!」
「ないないない……」

詰め寄る権現坂に、なまえは笑って首を振る。

「あ、なまえに権現坂!」
「おはよう! 早いのね」

遠くから、遊矢と柚子が走ってくる。
柚子は何故か手にハリセンを持っている、遊矢がなにかやったのだろう。
そんな2人に、権現坂はすかさず言う。

「おはよう! いいところに来た。どうやらなまえがなにか隠しているようなのだが……」
「そうなのか? なまえ」
「なまえ? 体調が悪いなら帰らなきゃダメよ、先生には私が言っておくから……」
「……」

ついには3人に詰め寄られる。
確かに隠してはいる。そこまでして暴かれないといけないことでもないはずなのに。
こうなると、何か言わなければ離してくれないだろう。
なまえは少し考えて。

「実は数学の宿題が自信なくて。でも今日出席番号の日付だから当たりそうじゃない? それですこし、億劫だっただけ」
「なんだ、そんなこと。私がみてあげる! 早く行きましょ!」
「あ、おい待てよ柚子! 俺も!」
「遊矢は権現坂に見てもらいなさい! ね、なまえ!」
「ありがとう、助かるよ」

権現坂も一安心したようだ。
この三人相手に、仮病で休んだら次の日とんでもなく心配するのだろう。
それは、割と自信のある数学の宿題について、自信が無いと嘘をつくより罪深い気がした。
もしかしたら、見舞いに来てくれたりもするかもしれない、それこそ大事だ。

「ほんと、ありがと」
「? いいのよ、宿題くらい!」

こんなに素敵な幼なじみに囲まれて、なんだか贅沢だ。天気のことなんかどうでもいいように感じられた。
しかし、風を感じると、やっぱり、天気は天気でとても良くて。

「いい天気だね」

唐突に言うが、柚子もそう思っていたらしく、にこりと満面の笑顔で答えが返ってきた。

「ええ! とっても!」

休むなんてもったいないこと、しなくてよかった。
なまえはもう1度空を仰いだ。


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20160902:この3人は死ぬほど可愛い
 
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