待ち合わせ時間へ/スペクター


待ち合わせの時間は午前九時。八時五十五分になっても、なまえの姿はない。私は半には到着していて、時間が近くなるまで駅の中で本を読んでいた。遅れて来たら、なまえは思い切り頭を下げて、大袈裟に謝ってみせるのだろう。今のところ、遅れるかもといったような連絡はないから、現在、時間と戦っているか、起床してさえいないかどちらかだ。私の予測では前者だが、後者であっても面白い。
端末に表示される時刻がひとつ動いた。五十六分。
以前は、予定が合えば適当にカフェで、だとか、終わり次第待ち合わせ場所に、だとか、そういう大雑把な付き合い方をしていた。彼女と正式にこういう関係になってから、こうしてわざわざ待ち合わせて外で会うことが多くなった。
なまえはどうやら、待ち合わせが苦手らしく、決まって時間ギリギリか、五分ほど遅れてやってくる。時々やたらと早く着いて得意気に待っていることもあるが、まあレアケースだ。五十七分を過ぎた。そこで、走り込んでくるなまえを想像して近くの自販機で水を買う。水滴をハンカチで拭って、顔を上げると、走ってこちらへ向かうなまえを見つけた。五十九分になった。
なまえもこちらに気付いて、時間をちらりと確認する。急いでいる訳では無いから、なにも走って来る必要は無いのに、地面を蹴ると足を大きく前に出す。危なげなく走ってきて、時刻が九時になるのと同時に、なまえは、私の前でピタリと止まった。息を整えるために膝に手をついてクールダウン。

「セーフ?」

伺うように顔を上げた。予想していたより、これは、ああ、ずっと、楽しくなってしまった。用意しておいた飲み物とハンカチを顔に当ててやる。手も冷えているから頬に触れると「冷たあっ!?」と驚いていた。ふふ、と、つい、笑ってしまう。どうにも、なまえは面白い。

「セーフですよ。もっと余裕がある方がいいとは思いますけどね」
「それはその通り……お待たせしました……」

なまえは、鼻や額についた汗を当然のように拭かれている。心を許されすぎている。しょうがない人だ。じゃれてぐっと抱きしめると「あっっっっついわ!」と予想通りに怒るので、彼女が他の誰かのものにならなくて、心底良かった思う。


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20190812:実は尊夢の子のつもり。もし、スペクターと付き合っていたら。
 
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