満ち足りない/了見


安定している、とは言い難い。しかし、安定しようとはしているのだろう。変につつくと揺れるのはわかっていたから、私はただ眺めるだけに留めておく。いつもそういうつもりではある。

「……」

なまえは居心地が悪そうに私を見上げて、観念したように「おはよう」とだけ言って歩き去っていこうとする。それで十分であるはずなのだ。

「……今日は顔色がいいな」

隣を歩いて、そう声をかけてしまっている。何一つ思い通りにはいかない。なまえはと言えば、力なく「そうかな」とため息をついていた。彼女の望みは放って置かれることだ。理解している。

「なまえ、」
「……ん」

ただ、領域さえ侵さなければゆるゆると返される言葉に、つい、可能性を見いだしてしまう。そこへ、いつか、入っていけるような気がして手を伸ばす。しかし、なまえはひらりと、癪だが風のように私から距離を取って変わらず歩く。
行き場のなくなった手を引き戻して、なまえの小さな背中を見ていた。
例えば、力づくで掻き抱いて、何も考えられないくらい甘やかしてやれたらと、それを望んでくれたらと、利用してくれたらいいのにと、そんなことばかりを考えている。
何か話そうと口を開いたのに、腹から出てこようとするのは、あいつらはもう居ないのだから、とか、前を向けていないようだが、とか。呪いのような、恨み言のような言葉ばかりだ。
考えに考えて、ようやく言う。

「……いい天気だな」

なまえは表情を変えずに「そうだね」と言った。空を見つめる、なまえの髪がさらりと揺れる。少し前まで伸びっぱなしになっていたが、すっかり整えられている。なまえが、ピタリと立ち止まる。彼女は振り返り、機械のように微かに笑う。複雑に胸が痛む。嬉しいような、悲しいような。

「……送ってくれるの、ここまでにしておいて」

ここからは、学校の人間も多いから、と。「ああ」と私が頷くと、なまえは安心したように前を向き直って歩き出す。見えなくなるまで見送るが、なまえがこちらを振り返ることはない。
いっそ。
いっそ全部に絶望させて、閉じ込めておけたら。そんな考えが浮かんでは消える。なまえの痛みが、風化する日を心待ちにしている。
……なまえにとってそれが一番怖いことだと、わかっている。


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20190725:日常編
 
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