錆びついた約束07


07---わたしって、どんな人間だった?

『ベクターへ
少し考えたいことがあるので、外へ出ています。
なまえ』

たったこれだけの内容の紙切れを信じて、丸一日待ったが、帰ってこなかった。少しが一日だとは書かれていない。構わない。なまえが行きそうな場所などそう多くはない。俺はほとんど確信に近い感情を抱えて、なまえの跡を追った。俺は相変わらず、この場所に来るとひどく悪寒がするのだが、なまえはかつて闘技場で、遺跡だった場所の中央に座り込んでいた。昨日から、置物みたいにこのままなのだろう。雨が降らなくて、心底良かったと安堵する。
駆け寄って声をかけると、なまえはきょとんと俺を見上げる。

「……、あれ、ベクターだ」
「ベクターだ、じゃあねえよ」
「よく、ここがわかったね」
「お前も、俺と同じでオトモダチが少ねえからな」
「ベクター?」
「なんだよ」

ベクター、となまえは俺のことを何度か呼んだ。俺は律儀にその度に反応して、最後に俺もなまえ、と呼んだ。なまえはまた、幽霊みたいに、今にも消えてしまいそうな儚さで微笑んだ。この笑顔を、俺は見たことがある気がする。強気じゃなくて、優雅じゃなくて、意識して、自分の存在を削り取っているような痛々しい覚悟の香り。世界をどうのという約束の話は、しばらく聞いていない。

「ううん。なにも」
「本当か?」
「なにも」
「それなら」
「ただ、やっぱり、どうやったら遊馬くんに勝てるかなーって」

勝つとか、負けるとか。俺はつい、溜息を吐いてしまった。確かに、再会した時は約束と俺のことだけだったのだろうけれど、今は違うはずだ。ここで生きていけると確信しているはずだ。どんな風にも生きられると、必死で伝えてきたはずだ。だから。だから、なまえ。

「もう、戦わなくていい。強くなろうとしなくていいんだぜ? 俺にあれこれ気を使うこともねーし」

世界なんかくれなくたって。俺は。

「やっぱり、そうか」

笑顔は、泣き顔のようだった。
なまえは、こいつは、ああ、大事なことを忘れていた。
こいつは、ただそこにいる、ということが苦手なやつだった。
というか、そんな生き方ができるやつじゃなかった。
俺よりずっと優秀で強かったこいつは、常に上を見ていて、よりよくなろうと頑張っていて、その他大勢の為だったら、平気で自分が女であることも捨て、自分のやりたいことも捨て、戦って、戦って、戦ってきた。今だって、真剣に、俺との約束を果たすにはどうするべきか考えていたはずなのに。今。
今、俺は、それを、しなくていい、と、言った。言ってしまった。「ならしかたないね」

「待て、違う」
「大丈夫」
「今度はもっと」

精一杯、手を伸ばす。

「ちゃんといなくなるよ」

掴めない。謝ることもできないまま。

「行くな!!」

なまえは、はじめて、俺の言葉を撥ねつけた。


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20190721:まあそのままいくんですが…。
 
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