錆びついた約束05


05---オンナノコ

「私、小鳥。よろしくね!」
「オレは遊馬な。よろしく!」

なまえは、目の前で阿呆みたいに笑う二人をじっと見つめた。俺はそんななまえを少し後ろから眺めている。ほんの少し空いた口がきゅっと閉じられる。なまえはこちらは振り返らず「……」、遊馬と小鳥は相変わらず底抜けの信頼をなまえに向けて笑顔を崩さない。「君、さ」

「ん? オレ?」

そう、となまえは頷いた。こいつらも大層間抜けだが、俺もその間抜けが感染してひやりとする。そういえばこの男は同年代の女に嫌にモテている。ひょっとしちゃったりしてなまえがそうならないとも限らないのでは。

「どこかで、会ったことない?」
「え? そうなの? 遊馬」
「ええ!? そうだっけかな。もしかして、オレ、忘れてんのかな?」

俺は溜まらずなまえの肩を掴んで名前を呼ぶ。そこでようやく、なまえはこちらを振り返って、俺の顔色を確認した。「ううん」首を振って、「それなら、気のせいかも」奴らと同じように片手を差し出す。

「私は、なまえ」

遊馬と小鳥は、なまえの手を取り合わんばかりに握った。なまえは困っていたかもしれないが、俺に見せるのとは違う顔で、ゆるりと微笑む。

「……よろしく」



遊馬はどちらでもよかったのだが、小鳥には、なまえに服を見繕ってくれるように頼んだ。
ショッピングモールに入るや否や小鳥は初対面のなまえをぐいぐい引っ張って奥へ奥へと進んでいく。俺たちも最初の内はどうにか付いていけていたのだが、その内、行ったり来たりするのが煩わしくなって適当なベンチに腰を下ろす。
スタイルも良く、中世的な顔のなまえはなんでも着こなすから、小鳥は一人で大いに盛り上がっている。対して、引きずられているなまえは文句も言わずに、一言二言ずつ小鳥と言葉を交わしているようだった。あいつに任せて正解だった。「やっぱり全然大丈夫そうだな」遊馬の言葉に俺も頷く。俺は、ずっとこういうのが見たかったのかもしれない。当時なら、メイドに好き勝手着せ替えさせられるなまえとか、それを断り切れない、迷惑だと思いきれないなまえとか、そういうものを見たかった。

「ベクター? 泣いてんのか?」
「泣いてねえよ」

泣きそうになっただけだ。俺はなまえと小鳥、それから遊馬を見ながら考える。カイトは、なまえを正体不明の化け物である。人間ではない、などと言ったが、だとしても、なまえが望まないのなら、詳しく調べる必要はない。なまえはやはりなまえで、正気を失っているわけでも、突然暴走するでもない。こうしていれば、ただの少女だ。
俺たちのゆかりの土地へ行く、必要もあるかどうか。ただ、気の向くままにそのあたりを歩くのだって、今となっては尊いことだ。
なまえはどうしたいのだろうか。この後、返って晩飯でも食べながら、聞いてみよう。

「ねえ、ベクター! これっすごくかわいくない!?」
「おー、」
「あ! これもいい! なまえ、ほんとに何でも似合うのね!」

いいんじゃねえの、と言う言葉は、小鳥のマシンガントークに掻き消された。次は二人で来るとしよう。本当のところ、全部写真に収めておきたいくらいなのだけれど、今は遊馬と小鳥が居るしなあ。まあこっそり一枚くらいならバレないか、と俺は一枚、なまえの写真を保存した。



一日で、なまえの服は何着か増えた。残念ながら、なまえは今日の展開にいまいち感情がついてきていないようで、ほとんど無表情のような顔をしている。嫌がってはいなかったと思うが、楽しんでいたかと言われると自信がない。何せ最後の方はタイムセールが始まったり、人が増えてきたりではぐれないようにするのが手一杯であった。
楽しかったか、と聞いてみようか。俺はちらりとなまえを見下ろす。日が沈みかけて、なまえは夕日の中にいた。真剣に真っすぐ前を見つめて考え込んでいる様子だ。心配になって、ちり、と一瞬胸が焼けた。「なあ、」今まさしく口を開いたその時、同時に、なまえも俺に言う。

「ベクター」
「ん?」
「小鳥ちゃんはともかく」

嫌な予感がした。

「遊馬くんにはどうしたら勝てるだろうね」

……小鳥に着せ替え人形にされながらも、難しい顔をしていると思えば。嘘だろ、なまえは今日一日、ずっと、ずっと、そんなことを考えていたのか?

「私はどうやったら、この新しい世界を、ベクターにあげられるんだろうね」

そんなもん、と叫びそうになったが口を押さえて耐える。
いらない、とは口が裂けても言えない。
俺のことと、その約束のこと。
たった二つだけの自我を構成する要素。
そのどちらかを否定するだけで、なんだか、彼女の全てが崩れ去りそうな気がして、迂闊なことは一つも言えない。

「なあ、なまえ」

なまえはあくまで、戦うつもりなのだ。
認めなければいけない。なまえのやろうとしていることと、俺がなまえに望むことは、かみ合っていない。「その服、似合ってるぜ」なまえは、俺の言葉を聞いてない。じっと、いつかの俺みたいに、遊馬のことを考えいてる。「ああ思い出した」

「彼、アストラルに似てるんだ」

どうしてお前から、その名前が出てくるんだ。


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20190721:時間空きすぎて当時考えた設定忘れめ
 
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