夢の果て(前)/了見


普通の生活というものに、戻ってきた。らしい。普通というのは、世間一般で言う人間の女の子としての普通だ。元々イグニス達と一緒に生活してきた、元(自称)人工知能としては、全く普通ではない。人間はこうするらしい、という、話に聞いていただけの情報が、生のまま、目の前を行き来している。一人でいても時間は過ぎると知っていたから、当たり障りなく溶け込んでいったのだけれど、鴻上了見がかなり頻繁に私の前に現れる。やれ今日はどうだっただの、不自由はないかだの、挙句の果てには友人は出来たかとまで聞かれる始末だ。私は面倒になって一人適当な相手と仲良くなり、表面上は普通に人間をするようになった。
馴染むことは出来たと思う、しかし。
私はこっそりと閉鎖されたLINKVRAINSに潜り込む。ネットワークの海に沈んで、日夜、捜し物をしていた。
下手をすると了見に気付かれて、今度こそ本格的に監視されかねない。丁寧に足跡を消しながら、体が動かなくなるまで泳ぎ続ける。
消えた、と了見は言ったし、映像も見せられた。けれど、諦められる、訳が無い。私は何もしないまま生き残ってしまった。大丈夫だ、と了見には言うし、落ち込む資格がないこともわかっている、が。
伸ばした手をめいっぱい広げるのに、そこには、求めるものがなにもない。
夜明けと同時に開く瞼は、明らかに重い。知ったことか、と無理矢理起きて、今日も人間の振りをする。

「……眠れていないのか」

通学路で待ち伏せしていた了見が言った。私は「寝てるよ」と言って隣を通り過ぎる。当然のように了見は私の隣にピタリと歩く。少し、距離をあけた。そうすると、了見はその距離感のままこちらを心底心配そうに見詰めてくる。居心地が悪くて了見の方は見れない。
この男の考えていることも、わからなくはない、私へ向かう心も、感じ取ってしまっている。はあ。溜息をどれだけ吐いても吐き足りない。ぐ、と拳を握る。

「大丈夫、」

意を決して了見を見上げる。鋼のような心で目を細める。これで分かってくれればいい。「大丈夫」私が了見にして欲しいことなんてないし、できることも、きっとないのだ。



人間の姿のアバターも作ったが、元々の姿の方が動きやすい。だから、サイバース世界で過ごしたままの形で飛ぶ。
諦められないのは、諦められないから、という理由ではなくて、気配を感じるからだ。ほぼ確信。これは、仲間の気配だ。
いつも通りに手当り次第、データの海を泳ぐのだけれど、その日は一つ、酷く悲し気な空間を見つけて降り立った。ネットワークの世界の中でも一際確立された異界、誰の作り物だろう。
故郷を思わせる草原の上に降りたって、しばらく進む。なにかある。小さな、岩の柱が五つ。私はその岩の前に走り寄って、息が止まる。
ぺたり、と座り込んで、動けなくなる。
毎日毎日湧き上がる衝動が、胸をつんざく。

ああ、みんなの所へ、行って、しまいたかった。


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20190720:はい
 
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