虚心坦懐(6)/デニス


それは僕にとって信じられない光景だった。

「……え?」

驚くこともままならない。これはそんな出来事だった。

「あ、あの? なまえ? どうしたの?」

フレンドシップカップの初日も終わって、運ばれてきたディナーを食べて、しばらくした時。
徐に扉が開けられたと思ったら、一人の少女がふらふらと部屋に入ってきた。
意味がわからない、その上、俯いているため表情が読めない。
なまえはそのふらふらとした足取りのままぱたりとベッドに倒れて、僕がようやく少し落ち着いて、彼女に近付いた頃には眠ってしまっていた。

「え、ええ? なにこれ? もしかして僕夢でも見てるのかな?」

彼女の顔をそっと覗くと、それはもう規則正しい寝息が聞こえて、初めて見る彼女の寝顔は、少し眉間にシワが寄っていた。疲れているのだろうか。
これがもし現実なのだとしたら、その線が濃厚だ。
疲れ果てて、自分の部屋と間違えた。
少しだけ食べ物の匂いがする。
赤馬零児やジャックなんかと、卓を囲んだのだろうか。
彼女はたしかにいろいろ考えていて頭がいいけれど、僕の分析によれば、取り入ろう、という動きは彼女が苦手とするところなのではないだろうか。
次に苦手なのが牽制、威嚇、割と得意なのは当たり障りなくその場をやり過ごすこと。
波風を立てずそこにあるものをそのまま受け取る。

「……おつかれさま、なまえ」

そっと手を伸ばして彼女の顔にかかった髪を払う。
はじめて触れた髪は思ったよりもサラサラとしていて、華奢な印象。
手のひらで頬にも触れるが、少しでも爪を立てたら壊れてしまいそうだった。
僕はきっと、もうそんなことはできない。
彼女に対して最も弱い人間だ。
カードにも、できない。
恐がらせて嫌いになってもらうことも。
最悪なことをして軽蔑されることも。
彼女の前では、どうしてもいい子を演じたくなってしまう。

「なまえ」

おつかれさま。
でも僕は、君を応援することは出来ない。
君も同じ気持ちだろうか?
だからいつも、あんな顔をさせてしまっているんだろうか。僕を見る彼女の瞳は真っ直ぐで、時折困ったように笑う。
それにしても、なんて、無防備……、

「……デニス殿」

びっくぅ。

「あ、ななななななんだ、月影、ど、どうしたの? どうしたっていうか、えっとその、あ、なまえなら、何故かここにいるけど、」

きょろきょろと、声の主を探すが、部屋の中にはいない。
どうやら扉の外から声をかけているらしかった。
驚いた。
心臓に悪い……。
僕は慌てながらもそれだけ言って、月影の反応を待つ。

「零児殿から伝言だ。1時間もしないうちに起きるだろうから寝かせておいてやってくれ、と」
「あ、うん、それはぜんぜん大丈夫……」
「それだけでござる、では」
「えっ」

もう1度、なまえの方を見る。

「すー……」

そうかそれだけ……。
ということはやはり疲れすぎていてふらふら部屋に戻ったが、そこは僕の部屋だったと言うわけだ。

「ふっ、」

少しだけ余裕が出てくる。
あんなにしっかりしているのに、時折少し抜けている。間違えて僕の部屋で眠ってしまうなんて。
あのなまえが。
この隙に、二人でどこかに消えてしまおうかなあ。彼女はどんな反応するだろうか。驚くだろうか。それとも、僕のこんな気持ちさえ、彼女は知っているのだろうか?

「ん、」
「あ」
「んん?」
「……おはよう、なまえ」
「…………ごめんもしかして、部屋間違えた?」

彼女の覚醒は思ったよりも早く、驚く様子も見ることは出来なかった。
いつもの彼女だ。
けれど少し疲れた様子に、つい。

「お疲れ様」

なんて言ってしまって。
彼女も案の定面食らって、目を丸くする。
その後、なんだか困ったような笑顔で優しく笑う。
「敵を労ってどうするの」なんて、口を開いていたら彼女はそんなことを言ったのだろう。

「ところで、そうだ、でも私はデニスに言おうと思ってたことがあって」
「え、な、なにかな。君がそんなふうに言うなんて珍しいね! 告白とかだったらどうしようかなあ!?」

その後の反応も少し珍しかった。
いつもなら無表情でこちらを見ているのに、今日に限って、ふ、と気の抜けた笑顔を見せてくれた。
間抜けって意味じゃない、力が抜けて、穏やかな笑顔ってことだ。
ま、まさかほんとに、いや、そんなはずない、例えそうだとしても、彼女が何も片付かないうちに僕に何かを言うだなんて事は。
絶対に。

「実は結構、楽しみにしてる」

なにを?

「明日の、デニスのデュエル」

僕のデュエル?
反応に困ったのは、どっちのことを言っているかわからなかったから。

「どっちの?」

……あ。
口が滑った。
彼女は、なまえは、その言葉に吹き出して、しばらく声を上げて笑っていた。
僕がこういううっかりをすると、よく笑っている、もしかしたら、僕の困ったり焦ったりする姿を見て、楽しんでいるのかもしれない。

「私は、貴方のデュエルが好きだから」

どっちの、という質問は、聞かなかったことにしてくれたらしい。

「ワオ、ほんとに告白だったね」

僕はいつも落ち着いていると思うけれど、なまえの隣は、なんだろう、安心して気を抜くことが出来る。
彼女はぐぐっとに体を伸ばした後に、はっと後ろを振り返る。
ベッドには皺が寄っていた。

「あー……、ごめんね、せめてベッドを整えて出てくから……」

手際良くベッドを整え始めるが、そんなこと気する必要は無い。
むしろ、例えば今すぐそこに転がったら……。

「いいっていいって、ほら、もう戻らないと。あまり遅い時間まで居ると悪い狼に食べられちゃうかもよ」
「……」

しかし、彼女の動きを制止に入った時には既に、彼女はもう粗方ベッドを整えていて、細かいシワまではどうにもならないとしても、綺麗なものだった。
振り返る彼女は、何か言いたそうに口を少し開いて、じっとこちらを見る。

「ん?? なになに? どうしたの?」

よくあるやりとりだ。
相変わらず彼女の瞳の奥はなにか鋭いものが燃えていて、キラキラ光ってかっこいい。

「……なにも。明日、怪我しないようにね」
「うん、ありがとう」

「それじゃあ」なんて扉の前で言って、そっと出ていこうとする。
「ごめん、開けてくれる?」可哀想に僕の部屋の番をしている子に脅しでもかけたのか、あの子は彼女の声を聞くと小さく悲鳴を漏らしていた。思わず笑ってしまう。
がちゃりと扉が開く。
なまえはゆっくりと部屋の外へ。

「なまえ!」

いろいろ言いたい余計なことを飲み込んで。

「おやすみなさい」

ただそれだけ。
なまえは小さく笑ってくれた。


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20160810:最近眠い
 
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